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[exhibition]:草間彌生の「永遠」

 
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●草間彌生 永遠の永遠の永遠 Eternity of Eternal Eternity
 2012年01月07日〜04月08日 国立国際美術館
 2012年04月14日〜05月20日 埼玉県立近代美術館
 2012年07月14日〜11月04日 松本市美術館
 2012年11月10日〜12月24日 新潟市美術館
 
 一年がかりで日本各地を縦断して行われる草間彌生の個展は、2004年秋から05年にかけて開催の『永遠の現在』(5会場で開催。ただしこの副題は東京展と京都展のみで、他は会場毎に異なる)以来となるのだろうか。あれからもう7年もたったのか、というのがにわかに信じられないほど鮮明に記憶に残っている(京都展のわたしの感想は→こちら)。04年展が初期の作品から順に見せる回顧展だったのに対し、今度の展覧会は05年以降に制作された新作のみで構成されている。
 この間、2008年2月にはドキュメンタリー映画『≒草間彌生 わたし大好き』(B.B.B.Inc)も一般公開されている。わたしはDVD化されてから観たのだが、この映画の中で制作していた作品群が、今回ようやく実物を拝むことができたのが嬉しい。
 
 100号キャンバスに黒のマーカーで描かれた連作「愛はとこしえ」シリーズは、壁一面に並ぶと圧巻。映画で制作風景を観ていたときからびっくりしていたのだが、この作家は下書きもなくいきなりキャンバスに向かい、画面まんなかあたりに迷うことなくマーカーを下ろす。そのままぐいぐいと線を手前に、終端まで一気に引き下ろす。途中で止まったり躊躇することのない、たいへん力強い描線だ。これが80歳になんなんとするひとのパワーなのか(草間彌生は1929年3月生まれ)と、DVDを初めて観たときに舌を巻いた。そしてそのあと、目ともゾウリムシともアメーバともつかない小さな図形を丁寧に丁寧に埋めてゆく。たいへん根気のいる作業で肩が凝りそうなものだが、この作家は(少なくとも映画に映っている限りでは)疲れただの大変だのという言葉は一言も発しない。キャンバスを縦断する大きな線でも、パターンのような細かい線や点でも、草間彌生はみな同じテンションでマーカーを動かしている。
 
 それぞれの絵が「何を」表現しているのかは、わたしにはわからない。しかし、無数に絡み合う横顔、異様に増殖する目、連鎖する▲▲模様や黒い●●の合間に、鳥や女の子やメガネやティーカップなどの具体的な図柄を発見すると、ちょっとほっとする。かつて布でつくった無数のファルス(男根)を家具にくっつけて(作家の言によれば男性恐怖を乗り越えようとするものだったらしい)いた草間彌生ではない。子供の純真なラクガキのような愛らしい描線。ああ、このひとはこうやって幼女に還っていきつつあるのだな、と感じた。
 その意味で、この連作はいわゆる「アール・ブリュット/アウトサイダー・アート」の典型と見ることもできる。
 120107_02今回の展覧会では、撮影が許可されている箇所がいくつかある。これはそのひとつ、『チューリップに愛をこめて、永遠に祈る(2011)』(画像はクリックで拡大します)。カタログに載っている画像ではない、自分だけのアングルを撮り収めることができるので、これから展覧会に出かける方はぜひカメラをポケットにしのばせておくと良いと思う(ただしフラッシュは使用禁止、当然ながら三脚も禁止)。
 先の『愛はとこしえ』シリーズは05年から07年にかけてのものだが、このチューリップの部屋のあとに続く『わが永遠の魂』シリーズは、09年から11年のばりばりの新作群だ。さらに、これも11年作の自画像が3点と、合わせ鏡を使って無限につづく空間を見せる部屋『魂の灯(2008)』が加わる。
 
 『わが永遠の魂』シリーズでは、白と黒だけだった『愛のとこしえ』に色が入ってくる。原色に近い鮮やかな配色ながら、不思議とうるささは感じない。画材の違いでもあるのかもしれないが、描線が徐々に大胆に、単純化されていっているように思う。空間を埋め尽くさんばかりだったそれまでの作風(1950年代、ニューヨークでのデビュー作からしてすでに壁面を一面に埋め尽くす模様だった)から比べると、このシリーズでは何も描かれない空間の占める割合が増えてきている。網膜にうつる全てを自分のパターンで埋め尽くさなければならないと追い詰められていた強迫観念が、ここに来て少しずつ変化してきているのだろうか。先のチューリップの部屋にしても、たしかに全面が赤の水玉に覆われてはいるのだけれど、それがファッショナブルな装飾に感じられるのは白の余白が心地よいからでもあるだろう。ここでの水玉は、10歳のころ母の肖像に一面小さな○を描きこんだあの水玉とは(『無題(1939)』、今回の展覧会には展示されていません)意味合いがまったく異なっている。
 
 * * *
 
 1957年、単身アメリカに渡り、ニューヨークの前衛アートシーンで60年代を闘い抜いた草間彌生という作家は、実に理知的な戦略家だと思う。セルフプロデュースのブレなさ具合もさりながら、誰よりも先を見、先に向かって疾走するさまは、さすがいまなお「前衛芸術家」を自称するだけのことはある。そんな作家が、この先訪れるであろう自分の「死」を見ていないはずがない。事実、会場に添えられた自作の詩は、いずれも「人生の終末」について書かれたものだった。04〜05年展ではその種の「ことば」はどこにもなかった(はず)ので、これはここ数年のうちに急速に作家を支配しはじめた意識ではあるだろう。肉体の衰え、あるいは記憶力や集中力の低下、その他様々な困難が絶えず彼女を苦しめているだろうことは想像に難くない。実際、冒頭に触れたドキュメンタリー映画の中でも、すでに歩行すら危なっかしいほどの足つきだった。
 それだからこそ、草間彌生は寸暇を惜しんで絵筆を執り続けているに違いない。今回の展覧会の副題に「永遠」という語がみっつ重ねられたのも、もう自分の持ち時間が残りわずかだと覚っているからこそ、という気がする。役者が舞台の上で死ねたら本望、と言うように、この前衛画家もまた、絵筆を握ったままキャンバスの上で倒れたいと願っているのではなかろうか。そしてその日が来るまで、彼女は飽くことなく白い画布と格闘し続けることだろう。
 
 
 
 以下、本展直前にワタリウム美術館で開催されていた、60年代の草間彌生の軌跡を回顧した展覧会の公式カタログとして出版された『草間彌生、たたかう』(ACCESS刊、2011年10月初版、ISBN978-4-905448-03-7)最終ページに置かれた詩から引用。
 
  いまこそわたしの人生への
  あこがれにみちてきた
  長々と年ふりて、心のもだえをふりわけて
  天高く、宇宙の果てまでも
  わたしの志を清くたちあげて、
  人の世の苦楽のしじまに生きてゆくこのすさまじさ
  ときとしてなやみながら
  そして喜びにもまた、なぐさめられて
  人生のはざまに、もだえつつ
  わたしはわたしの終決の日々まで
  命のおもさに涙をこめて生きてきたい
  
  二〇一一年 草間彌生
 

2012 01 09 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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