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十七世紀のファッションカタログ?

 
 先日、奈良の大和文華館に出かけてきた。ここはいま収蔵コレクション展をやっていて、ウェブサイトで案内を眺めてたらちょっと気になる作品があったのだ。同館にはこれまで訪れたことがなかったが、調べたら自宅からバイクだと片道一時間ちょい、半日プチツーリングにもぴったり。というわけで、連休中にふらりと行ってきました。
Yamatobunkakan
 見たかった作品は『婦女遊楽図屏風(松浦屏風)』。国宝だ(もっとも、国の登録名では単に『風俗図』というシンプルな名前とのこと)。紙本金地着色、六曲一双の屏風で、制作年代は特定されていないが、江戸時代前期、寛永年間(1624〜43)という説が有力らしい。ただし同時期の他の風俗画とは作風が必ずしも一致しないという理由で、断定までには至っていない。同じく作者も不明。古い目録には岩佐又兵衛筆かも? という記述があるそうだが、時に血しぶきを吹き上げるあの強烈な画風とはあまりに違いすぎていて、いまでは否定されている。
 『松浦屏風』という通称は、この屏風がもと九州・平戸の大名松浦家の所蔵であったことに由来している。かつて橋本治さんは『ひらがな日本美術史』のまるまる一回分を、この屏風のタイトルにこだわって書いたことがある(第3巻所収「その五十八 色っぽいもの」)。
 平戸といえば貿易港として栄えた場所なので、屏風に南蛮モノの珍しい文物が描かれているのはああなるほどねなのだが、実はこの作品は平戸で作られたものではないそうだ。第九代平戸藩主・松浦清が、江戸時代後期の1787年にこの屏風を京で購入したという記録が残っている。ということは、屏風が作られてから百年以上は、都で誰かが保有していたということか。もとの持ち主がどんな階層でどういうところに飾っていたのか、もしそんな記録が残っていたら知りたいものだ。
 

 
 松浦屏風については、先にあげた橋本治さんの本と、会場のショップで買った『開館50周年記念特別展 I  女性像の系譜 —松浦屏風から歌麿まで—』(2011年4月)の図録の解説論文、それから同じくショップで購入した8枚組の絵葉書セットに二つ折りのリーフレットが付いていたのでそれを読んだ。国宝とはいえ国立系の博物館所蔵品ではないので、【e国宝】(ウェブ版iPhone/iPadアプリ版)には載ってないのが残念だが、大和文華館の公式ウェブサイトには動画付きの解説コーナーがある。
 

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(画像は大和文華館公式サイトより引用)  
 左隻に8人、右隻に10人の人物を配置したこの屏風、描かれているのは遊女と禿(かむろ)だという。わたしはまずここで引っかかった。絵の中には髪を結えているひとが何人もいるが、これって男性じゃなかったのか。いや、着物の柄とかみると女性用のものを着ていることになるのだろうけど、たとえば右隻、右から三人目に立っているひとなんかはモノトーンの総鹿の子を着こなしていてなかなかシブイ。腰の赤い帯と胸元には(現在では消されてるけど)十字架のネックレスをしていて、そのへんが「彼女」のおしゃれポイントなのかな。でもぱっと見、これはこじゃれた若侍だよと言われても信じてしまいそうだ。
 一見して性別がよくわからなかったのは、この絵の人物描写が実はあまり上手くないってこともある。専門家による解説文にも<人物表現は一様で、やや平板>とか書かれていたりするからわたしだけの特殊な感想でもないだろう。絵葉書セットのリーフレットには続けて<絵画というよりも流行衣装の陳列といった雰囲気が強い>とあって、会場でこの絵を見たわたしの第一印象はまさにそれだった。
 
 要するに、ファッションカタログじゃねーのコレ、と真っ先に思ったのだ。人物をほぼ等身大にちかい大きさに描いているのもそのためで、実物大の「着物の図柄カタログ」として使われていたとしてもおかしくない。“いま都のトレンドはコレ!全部見せます!!寛永コレクション最新情報&着こなし術(六曲一双オールカラー一挙掲載)”てなわけだ。
 屏風を細かく見れば見るほど、着物の柄なんかに作者のチカラが入ってるのは明らかで、人間の顔やポーズなんかはどっちかというとおざなりだ。ま、いまだってファッション誌のモデルのポーズなんてだいたいパターンが決まってるしね。
 着物の柄と同じく、彼女たちが手にしている小道具も細かに描かれていて、右隻右はしの双六(碁盤かと思ってたら双六盤だそうだ。公式サイトの動画解説によれば、当時の双六はバックギャモンに似たルールのゲームらしい)や左隻左はしのカルタをはじめ、三味線やキセルや手鏡、口紅、硯といったおしゃれグッズのディティールがよくわかるように描かれている。左隻真ん中の下にある硯などは、わざわざ真上から捉えられている。見たいものを見たい角度から描いていて、そこだけ取り上げたらまるでキュビズムだけれども、ま、西洋画ふうのパース図法とか関係ないし、これでいいのだろう。そんなことよりも硯のデザインをきっちり描くという方が重要で、こういうディティール最優先主義もたいへんカタログっぽい態度だと言える。
 ただし、またもや絵葉書の解説を引くが<作者は小袖模様を描く画工職の出身とする説が有力だった。しかし最近の染織史の研究家によると、この屏風における小袖や打掛の描写には、専門家の手になるとは思われない誤りが多いとのことである>とあって、つまり「一見リアルだけどよく見るとヘタ」ってことらしい。そう言われれば、たしかに全体的にぎこちない感じだけど、この絵の場合はそのあたりもかえって魅力になっているんだろうか。
 
 
 もっとも、これらのアイテムがこの絵が作られた時点での「最新ファッショングッズ」なのかどうかは知らないし、実際にカタログ的な機能を果たしていたかなんてもっと知らない。
 だいたい、仮にこれがホントに「ファッションカタログ」だったとして、いったい誰のための「カタログ」なんだという問題がある。こんな遊女ファッションをマジで大名家の婦女子がやってたら、とんでもないスキャンダルだろう。
 ま、こんな屏風をよろこんで飾るのは殿さまの方だろうから、「カタログ」的性質を言うならやはり着物ではなく、それを着ている人間めあてと考える方が順当かもしれない。つまりは「イケてる美女図鑑」か。そうなるとおっさん向け週刊誌のグラビア企画だな。しかし、そのわりにはこの絵の人物描写は魅力的とは言いがたいよなあ…。
 …と、ここまで考えて、ちょっと見方を変えてみたらどうなるか。要するに、この絵の登場人物が全員女性でなくても別にいいんじゃねーの、だとしたら。さっき触れた総鹿の子のヒトなんかは「男装の麗人」という感じだったし、それなら他の人物だって、遊女に見えて実は「女装男子」なのでした、でもアリじゃないか。顔や表情に個性がなくみな同じように見えるのも、性別をわざとわかりにくくする目的で狙ってやっていたってことはないだろうか。画中の人物をオトコと見るかオンナと見るか、それは観る側の想像力次第——だったら殿さま・家老連中とは別に、腐女子の侍女や腰元だってこの屏風の前で大喜びしてそうだ。
 
 そういやこの時代にはまだ眼鏡とかなかったのかな。18人もいるならひとりくらいメガネっ娘とか描いてほしかったんだけど…ってそれは単に自分の趣味ですね、はい。
 

2012 05 06 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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