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南蛮という視点

 
Namban
●南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎
 2011年10月26日~12月04日 サントリー美術館
 2012年04月21日~06月03日 神戸市立博物館

 南蛮美術は面白い。ふだん目にすることがあまりないってこともあって、こういう風にまとまって観られる機会はとても貴重だし、なにより楽しい。数百年前の「異人たち」の姿がそのままビジュアルとして記録されているのが興味深く、当時の日本人の「珍しいものをみた! さっそく絵にするぜっ!」っていうワクワク感が画面から溢れてるのもいい。描く方も、眺める方も、きっとすごく楽しんでいたんだろうなあ。
 
 南蛮風俗画は、ポルトガルの交易船が来航する16世紀後半から江戸幕府による鎖国政策が行われた17世紀はじめごろにかけてたくさん作られた。派手で大きな絵が好まれた桃山時代らしい作品が多く、なかでも70点ほど現存する南蛮屏風は、その多くは商売繁盛の縁起物として商人の家に飾られていたそうだ。しかし鎖国の直前、キリシタン弾圧以降には、キリスト教を匂わせるモノは画面から注意深く取り除かれたといわれている。宗教はどーでもいいからショーバイだけさせてね、ということなんだろう。ま、商売人らしいエピソードではある。
 もちろん将軍や大名など時の権力者も南蛮趣味にはご熱心なわけで、豪華な屏風などにしても当初は殿さまの占有品だったはずだ。今回の展覧会の目玉である『泰西王侯騎馬図屏風』(図録表紙はその部分)もそのひとつで、サントリー美術館が所蔵している四曲一双と神戸市立博物館の四曲一隻が一緒に展示されている。八面の屏風を一挙に並べるとさすがに壮大、圧巻というほかない。近年詳細な調査が行われたとのことで、本展にはその最新の分析や研究成果もあわせて紹介されている。
 この屏風ももちろんだが、実は他の展示品にも見応えのあるものものが多く、じっくり観ようとすると時間があっというまに過ぎてしまう。なかでもわたしがいちばん足を取られたのは、世界地図屏風だった。
 
 絵とか美術に特に関心がない人でも、こういう屏風なら興味津々なんじゃないだろうか。だって、描かれてるのは世界地図だ。それが巨大な屏風に仕立てられているのだ。でかい屏風いちめんにどーんと世界地図、これだけでまずおかしい。まるでポップアートだ。地図のまわりには、作品によって異なるが世界の主要都市の絵であったり各民族の人物画であったりが配されている。
 地図や都市の絵なんてものは、時と場合によっては国家機密扱いでもおかしくないほどの重要情報だろう。そんな大事な情報を、巻物とか小冊子など閲覧者を限定しやすいコンパクトなフォーマットに纏めるならともかく、あっけらかんとバカでかい屏風に描いているというのがなんとも愉快だ。もちろん、これらの屏風は他の風俗画とは違ってトップクラスの権力者しか観ることができなかったとは思うが、この屏風の前で殿さまと家臣が「なるほど世界は広う御座いますな」などと語り合っていたかと思うと、なんだか笑えてくる。
 
Ijin もっとも、その情報の正確さについてはその時代の誰もわからない。いまの目で見て奇妙だなと思うのはたとえば民族図で、これほんとに当時の衣装だったの? なんか場所や時代を間違えてない? と思うものも少なくない。一例を挙げると、屏風ではないが左の画像は神戸市立博物館蔵の『万国人物図』のうち「ふらんさ」(左)と「いんげれす(ほろにや)」(右)。17世紀半ばの作だという。
 参考として、デザイナー/服飾研究家のJohn Peacockが著した『COSTUME 1066-1966』という本(Thames and Hudson社刊,1986)から17世紀はじめごろの図版を右に掲げてみる。図示されているのはイングランドのファッションだし、身分とか季節によってもずいぶん異なるんだろうけど、男性はまだしも女性の姿がまるで大違いだ。『万国人物図』の絵師だってそれなりに西洋人の持ちこんだ資料をもとに描いてるはずだが、ここまで違うと「それ、どこ情報よ?」などとツッコミたくなる(Peacock本を見る限り、彼女たちの衣装は11世紀から12世紀頃のがもっとも近いように思う)。16cもっとも、他の南蛮風俗画(たとえば同じ神戸市立博物館蔵の『四都図・世界図屏風(←リンク先は神戸市立博物館のサイトで、拡大画像も見られます)』17世紀初期)ではかなりまとも、というかPeacock本に近い衣装なので、デタラメの情報ばかり入ってきたというのではないんだろうけど。いずれにせよ、情報の真偽が誰も判断できない中、日本人の異国や異人に対するイメージはこうして形成されてきたのだろう。南蛮美術のなかでも世界図屏風関係は、そんな西洋受容史の最初期の史料としてもたいへん興味深い。

 ともあれ、世界はこんなに広大なんだということ、それに比して日本の国土の小ささが、世界図屏風をはじめとする南蛮風俗画には描かれている。世界にはいろんな人間がいて都市があって、奇妙な衣服を着ていたりやたら四角く白い住居に住んでいたりするらしいということも、これらの絵をみればよくわかる。西洋の製品を実際に手にしたり西洋人と直接会う日本人もけして少なくなかったとは思うけど、世界地図を眺めるというのはそういう具体的な経験とは違う、より抽象度の高い体験だったはずだ。宇宙ステーションから青い地球を眺めるようなもので、一歩も二歩も引いたところから「世界」を眺める視点。思うに「南蛮」が日本にもたらした多くの事物のなかでも、この視点こそがもっとも重要なものだったのではなかろうか。さらに言えば、そんな南蛮からの視線をそのままではなく、模写であろうが翻案であろうがいちど日本人の手を通して再生産していること、つまり「珍しいものをみた! さっそく絵にするぜっ!」が大量に実行されていたことも同じくらい重要なポイントだったと思う。

 これらの作品群が《南蛮美術の光》なら、《影》の部分は、キリシタン弾圧の殉教図を展示しているパートだろうか。磔にされ火あぶりの刑に処されている殉教者たちを描いた絵や実際に使用されただろう踏み絵などは、いま見てもたいへん生々しい。
 本展の図録はそういう歴史資料も含め、ひろく南蛮美術に関する最良のものを集めた総合カタログとして見応えのあるものだ。実際の展覧会では展示入れ替えが多かったり、東京のみあるいは神戸のみ展示という品もあるので全てを観るには何度でも通い詰める必要があるが、そこまでしなくとも、とりあえずこのカタログを手に入れておくだけでもじゅうぶん価値があると思う。
 

2012 05 20 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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