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DADAN
●打男 DADAN 日本公演2012
つい先日「人間国宝に認定」のニュースが話題となった坂東玉三郎が演出する、鼓童のステージ。
初演は2009年で、2010年ツアー公演。2012年2月にパリで4日間行われたのを受けて、今回の日本ツアーはその凱旋公演となる(公式スポンサーはROLEX)。7月2日~4日の東京・赤坂ACTシアターを皮切りに横浜、名古屋、熊本と各地を巡演、7月20日~22日の京都・四條南座で締めくくられる。わたしは千秋楽の一日前、21日の公演を観に行ってきた。
南座には高校生の頃だったか、学校主催の伝統芸能鑑賞会だかでクラス全員連れていかれた時以来、足をはこんでいなかった。なのでずいぶん久しぶり…というよりほとんど初めてと言っていい。今回の公演はチケットを入手するのが遅かったので最前列のほぼ左端という、ステージぜんたいを見渡すには非常に難しい席しか取れなかったのだけれども、音に関してはさほど心配していなかった。南座ならたぶん大丈夫じゃないか、と、とくに根拠はないけれどもそう思っていたのだ。
席についてみると目の前にどーんと大きなスピーカー。うわこれがフルボリュームで鳴ったらヤだなあとちょっと思ったが、いざ始まってみるとそれは杞憂だった。というのも、おそらくノーPAだったから。つまり太鼓の音はスピーカーからではなく、実際の楽器からしか発せられていなかった(はずだ)。
南座は、ふだんは歌舞伎で有名な場所だ。ということは、役者のセリフが最も聴きやすくなるように設計されているに違いない。西洋のオーケストラを響かせるためのコンサートホールとは違って、ここはかなり歯切れのよい音作りになっているに違いない——本当のところはどうなのか知らないから全くの当て推量にすぎないのだけれども、実際、それぞれの太鼓のキャラクターの違いもはっきり聞き分けられるほど明瞭で澄んだ音色を聴くことができた。8人の男たちが巨大な太鼓を全力でぶっ叩いているにもかかわらず不快なうるささはどこにもなく、むしろ心地よささえ感じたのだ(強いて言えばずっと右方向を向いていたので首が痛くなった程度だが、無論これは音とは関係はない)。
他の会場での公演がどうなのか聞き比べないことにはなんとも言えないし、たった一度観ただけでどうこう言うのもおかしな話なのだけれども、南座と鼓童、少なくとも相性が悪くないのは確かだろう(これは、先週オーチャードホールで聴いたDifferent Drums of Irelandの叩く太鼓の音がところどころ残念だと感じたせいもある。あのダンス・ショウもノーマイクでやってみたら、もしかして新たな地平が拓けるかもしれない。ま、ダンサーのステップ音さえマイクで拾って強調している態度からすれば、こういう発想は正反対のものだろうし、こんな試みはまずしそうにないだろうけど)。
* * *
坂東玉三郎が、鼓童を演出した作品をはじめて発表したのは2003年。06年には共演も果たし、現在ではついに芸術監督にまで就任している。『打男 DADAN』は鼓童の新境地を開拓すべく創られたプロジェクトで、前述のように2009年に初演。8人の精鋭(初演時は7人)のみで構成される90分間ノンストップのパーカッション・パフォーマンスだ。
正式名称は知らないが、インドネシアのガムランに使われるような竹製のマリンバが奏でるアンビエントなメロディーが、ショウの冒頭とエンディングに置かれる(この楽器は大太鼓のパフォーマンスの合間にも随時挿入されるので、90分間文字通り途切れることなく演奏が続く)。序盤の静から後半の動へ、個人技あり緻密なフォーメーションありのバラエティに富んだ演目が、次から次へと出現する。先にも書いたが、ほんとうに一瞬たりとも音が途絶えることがないのだ。よくもまあ体力が持つものだ、と、なにはさておき演者たちの若い肉体にほれぼれする。客席に御婦人方が多めに見受けられたのはもしやこれが目的なのかとも思ったが(まあ場所柄てのもありますな)、いや、こういう鍛え抜かれた身体を眺めるのが眼福というのはよくわかる(おっさんが若い女性を眺めるのが楽しいというのもたぶん同じ理由で、でもこっちの方は往々にして不穏な目で見られがちというのは納得しがたいところもあるんだけども)。
稀代の立女形が演出しているから…という先入観があるからかもしれないが、ただでさえ美しい男たちの肉体が、よりセクシーに見えるような演出が随所に施されていると、わたしには感じられた。それはたとえばひとしきり太鼓を叩き終わったあとの決めのポーズであったり、入退場の際のなにげない所作のひとつひとつであったり。玉三郎の演出がどこまで及んでいるのかは知る由もないが、舞台上の彼らの動作が隅々まで「決まって」いて実にかっこいいのだ。
ガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』のメロディーからはじまる後半では、メンバーのひとりがビデオカメラを舞台上に持ち込む。ステージ後方にスクリーンが下ろされ、映像が大写しになる。カメラは突然客席を捉え、演奏を観に来た観客の顔がステージ上に大きくアップされる。カメラが演奏者の方を向くとそれは合わせ鏡のようになり、ひとりの奏者が後方スクリーンの映像と重なって無限の奥行きの中で無数に増殖したりする。時にユーモラス、時にファンタジーが休む間もなく舞台上に出現。こういうイリュージョンぽい見せ方も演出家の意図のひとつなのだろう。とにかく観客を飽きさせないぞという強い意志(コンセプト)が、公演ぜんたいを通して貫かれていたと思う。
2009年の初演を収めたDVDがロビーで販売されていたので購入。その特典映像で、練習風景の一部が紹介されていたのが興味深かった。坂東玉三郎の演出は全体の構成はもとより使用楽器の選択から演奏の細部の強弱のつけかたにまで及んでいて、オーケストラの指揮者のようでもあったのだ。ここから察するに、『打男』プロジェクトにはこの演出家の美意識が隅々にまで反映されているとみていいのだろう。
アンコール後のフィナーレは、南座ならではの花道も使った楽しいもので、サンバのリズムが実に心地いい。最後の挨拶には玉三郎さんもちらっと登場、まさかご本人が顔を出すとは思ってもみなかったのか、大盛り上がりの客席はここでさらにヒートアップした。もちろんわたしも大満足で会場をあとにした。
生身の肉体がよってたかってへとへとになるまで楽器を叩きまくる。ただそれだけのことが、ここまで見事なエンターテインメントになることを実証してみせた8人の男たちと演出家に乾杯! …いやぁ、もしも願いが叶うなら、来世は太鼓叩きに生まれ変わりたいなぁ。
2012 07 21 [face the music] | permalink Tweet
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