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アントニオ・ロペス展
●現代スペイン・リアリズムの巨匠 アントニオ・ロペス展
2013年04月27日~06月16日 Bunkamuraザ・ミュージアム
2013年06月29日~08月25日 長崎県美術館
2013年09月07日~10月27日 岩手県立美術館
→展覧会公式サイト
【カタログ】
発行:株式会社美術出版社
デザイン:川野直樹(美術出版社)
ISBN978-4-568-10469-1
この人の名前は映画『マルメロの陽光』(ビクトル・エリセ監督/1992年)で知った。予告編を見て面白そうだなと思ったものの、肝心の上映は見逃しているので映画の内容はいまだに知らない。のちにBSかなにかで放送があったはずだけど、その時も録画に失敗。そのまますっかり忘れていたのだが、展覧会に行って、あ、あのときの人か、と。で、今度こそと思い帰宅してから Amazon でDVDを検索してみたんだけど、おっそろしく高い中古品しか載ってなくてそっとブラウザを閉じた。うーむ、どうにも縁がない。せっかくの日本初の回顧展なんだし、この機会にあわせてブルーレイ盤とか再発売してたら、そこそこ売れるんじゃないかなあ。
“アントニオ・ロペス”という名前にはもうひとつ見覚えがあって、というか知ったのはこちらの方がずっと先なんだけど、70~80年代にかけて VOGUE や Harper's Bazaar などの一流ファッション誌で活躍した、同姓同名のアメリカ人イラストレーターがいたのだ。1987年に若くしてエイズで亡くなったときは、たしか日本でもニュースになっていたような記憶がある。作風はスーパーリアルなタッチで、画面からセクシーで妖しげな雰囲気をぷんぷん漂わせていて、そして当然ながらすごくファッショナブルでとんがっていた。当時、日本の多くのイラストレーターにもずいぶん影響を与えたはずだ。
で、こちらのロペスさん(1936年生まれ)も、ものすごくリアルなタッチだ。鉛筆だけで描かれた娘の肖像画<マリアの肖像>(1972年)など、写真以上にリアルなんじゃないかとさえ思わせる。そうやったら鉛筆一本でここまで描けるんだろう? 思わず画面に思い切り顔を近づけてしげしげと眺めてしまった。一方では、ごく若い頃の作品には実験的な手法を試みているものもあったりして、作品のひとつひとつが見飽きない。
寡作ということなので、制作に時間をかける人なのかな、と思ったら、時間のかけ方が想像をはるかに超えていたので思わず笑ってしまった。たとえば自分の住んでいるマドリード市街の風景を描くのに、1年のうち決まった1日の決まった時間帯しか絵筆を取らない、というのだ。なんだそれは。
作家の弁によれば、その「特定の瞬間」の光とか空気感とかを画面に写し取りたいがための制作手法ということなんだそうだが(たとえば上のカタログ表紙にも使用されている<グラン・ピア>は1974年から81年にかけて、<ルシオのテラス>という作品に至っては1962年から90年という気の遠くなるような長期間にわたって、延々と筆が加えられている)、そりゃ寡作にもなるわ。しかし、街中だとかと、年月がたつとごろっと風景が変わってしまうこともあると思うんだけど(日本ほどではないかもしれないけど)去年描いている途中だったあのビルが取り壊されてるう! とか、そういうことはなかったんだろうか。
展示はいくつかのテーマに分かれていて、人物画、静物画、映画にもなった植物画、自宅の、一見なんでもなさそうな一角を切り取った室内画、住んでいる街を長期間にわたって定点観測した風景画ときて、最後に彫刻作品まで出てきたのはびっくりした。点数こそけして多くはないのかもしれないけれど、このひと、実にいろんなことをやっているんだなあ。
立体作品も絵画以上にリアリズムで、男女の裸像などけっこう生々しい。特定の個人をもとにした造形ではなく、複数のモデルを組み合わせて造られたものだというが、ギリシャ彫刻のように理想化された身体とは対極にあるような、ホントに普通にそこらにいそうな身体つきをしているのが面白い。つまり作家は、真に普遍性をもつのは「ギリシャ彫刻の身体」じゃなくてこういう「普通の身体」だよね、と言っているわけだ。なるほど。
さきの超長時間露光のような街の風景画といい、これらの彫刻といい、一見するとただの現実(モデル)を単純にそのまま写し取っただけのようにも見えてしまうんだけど、そうではなく、いったん作家の中で咀嚼され膨大な時間をかけた上で再構築されて出てきたもの。手品の種明かしみたいなものだけど、解説パネルを読んでいちいちへえー、と感心しながら作品を眺めていた。
逆に言えば、そういうバックグラウンドを知らなければ、ふぅんスーパーリアルな作風だね、で終わってしまうことにもなるんだけど、たとえそんな知識がなくとも、それはそれで見応えがある。たとえば風景画の大作<バリェーカスの消防署の塔から見たマドリード>(1990〜2006)は、壁画のような巨大な画面に、写真だったら何百枚何千枚と合成しなけりゃ作れないだろうな、というほど隅々にピントがくっきりあった作品だ。よく見ると細部はけっこう簡略化されていたりもするんだけど、ぜんたいから受ける印象は写真家 Jeffrey Martin のTokyo Roppongi Gigapixelなんかに通じるものがあると思った(もちろんコンセプトや制作手法がまったく異なるので比較するつもりはないが)。
画面の手前がわが大きく湾曲していて、魚眼か超広角レンズで撮ったかのような画角で、実際に制作にあたってはおそらく写真も参考にしているんだろうけど、それを油彩画で表現することの凄みは、やはり実物を前にするとすごく伝わってくる。とくにこういう巨大な画面だと、実際のその場に自分が立っているかのようにも思えてくるので、難しいことを考える前にごく単純に「楽しい」し「面白い」のだ。
公式サイトの解説文には、この作家は展覧会という発表スタイルをあまり好んでないことや、個人蔵の作品が多いことなどから(同じくらい「作家蔵」、つまり作者がけして手放さない作品も多いのだが)、日本では今回が最初で最後かも、などと書かれている。そうだったのか。ま、幸運にも、こうして展覧会の方は観る機会を得られたんだから、映画の方だっていつかどこかで出会えるチャンスも来るんじゃないかな、縁があれば。
2013 05 29 [design conscious] | permalink
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comments
とんがりやまさん、こんばんは。
熊谷早苗です。
アントニオ・ロペス展、わたしも岩手で見てきました。
すでにご存知かもしれませんが、「マルメロの陽光」が京都シネマで、10月19日(土)18:30より上映されます。1日のみです。都合つけばぜひ。会場でお会いできればうれしいのですが。
posted: sanae kumagai (2013/10/12 1:22:29)
コメントありがとうございます。
1日のみ、しかも1回限りですか!ハードル高いなあ…。都合つけられるかどうか、がんばってみます〜。
posted: とんがりやま (2013/10/12 10:41:37)