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「貴婦人と一角獣」展

 
Kifujin
●フランス国立クリュニー中世美術館所蔵 貴婦人と一角獣展
 2013年04月24日~07月15日 国立新美術館
 2013年07月27日~10月20日 国立国際美術館
 
 この展覧会は大阪にも来るので、なにもわざわざ東京で見なくてもよさそうなものなんだけど、どうも大阪会場の大きさが気になって。中之島の国立国際美術館は、たてもの本体がぜんぶ地下に埋まっていることもあって、天井がそんなに高くないイメージがあるのだ。いつも特別展をやってるいちばん下の部屋とか、とくに低かったように思うんだが。上の階の常設展示スペースの方ならそこそこ高いはずだけど、さて、どこを使ってどういう風に展示するんだろ。
 ま、そもそも自分の曖昧な記憶と印象だけで、国際美術館の展示を勝手に心配したってしょうがない。非常に余計なお世話でもある。
 しかし、これほど大きな展示物(6枚のタピスリーでいちばんでかいのは《我が唯一の望み》で、幅が約3.7メートル、高さも4.6メートル以上ある)となると、ただ並べるだけでその部屋が独自の宇宙というか独立した世界をつくりだすわけで、そうなると展示会場の建物やその構造だってけっこう重要なんじゃないかとも思うのだ。新美術館の天井が高いのは、何度か見に来て知っている。この高さは大阪ではどうやっても出せないように、わたしには思える。となると、大阪では東京とはひとあじ違うディスプレイをしてくるのだろうか。それはそれで、見較べる楽しみが増えるというものだが。
 
* * * 
 
 新美術館の2階、Eの部屋。チケットを切ってもらい中に進むと薄暗い通路になっていて、左側の壁面にはスライド映像が流れてる。予告編みたいなものなんだろうか。ひょっとして音声ガイドを借りたら、なんかナレーションとか聞けるのかな? それにしてもなんだかもったいぶってるなあ…と、ここはちらっと眺めただけで足早に先へと進む。すぐに、右手に開口部があらわれる。足を踏み入れると、巨大なタピスリー群がぐるりと取り囲む大きな円形の部屋だ。うわあ。思わずため息が出る。
 しばらく部屋の真ん中に立って、どれを見るともなく、ぜんたいを見渡す。壮観。圧巻。絢爛。豪奢。華麗。崇高。いろいろと、格調が高めで画数の多い漢字の熟語が頭にうかぶけれど、最初にぼそっとつぶやいた一言はこうだった。
「…えらい赤いなあ」
 
 いや、全体に赤い絵(というか織物だけど)だよな、というのは知っていた。上の写真は美術館の前庭の看板だけど、これを見るだけでもじゅうぶん赤い。しかしそれでも、いざ実物を目の前にすると、なんだかもうまっかっか、なんである。他に使われている緑やネイビーもみな濃い色で、「…コテコテなんやなあ」とも思った。もっとも、500年以上の歳月のゆえか、全体にアクの強さみたいなのはかなり抜けていて、独特の品の良さを醸し出している。これ、できたてほやほやの頃なら、もっともっと「コッテコテ」だったんだろうなあ。
 
 現代のように照明設備が整えられていたわけでもない、日が暮れたら真っ暗になってしまう、16世紀のお城に飾られたタピスリーだ。濃い目の色で思い切り主張しなけりゃ、おそらく周囲の景観に“負けてしまう”のだろう。この展示室もそれなりに照明を落とした見せ方をしているけど、おそらくもとのお城だと、場合によってはまっ昼間でも暗くて隅の方がよく見えないとか、そういう具合だったんじゃないか。
 ということは、タピスリー全体を強く支配しているこの赤は、「色」というよりむしろ「光」をあらわしているのかもしれない。豊潤な光に包まれた、あまりにもまぶしい世界。そう捉える方が、なんだかしっくりくるように思った。…ま、そんな解釈はトンデモもいいところで、これはただの地面の色と見るのがおそらく正解なんだろうけど、ひとりで想像するぶんにはこちらの勝手だ。
 
 
 入り口付近の動画とは別に、メイン展示室の隣では高精細なんとかと称して、タピスリーを部分拡大したスライドショウみたいなムービーを、エンドレスで上映している。ムービーの中のタピスリーは実物よりも赤くないように見えた。映写機の映像というのはそれ自体が発光しているものだから、そのぶん「赤=光」が画面から消え去っているのかもしれない、などとさらに勝手解釈(妄想とも言う)を広げる。
 実物よりもはるかに大きく、かつはるかに鮮明なその映像は、確かにディテールが良く分かるので貴重なものではあるんだろうけど、少し眺めているうちになんだか遺跡の墓暴きのようにも思えてきた。べつに陰影礼賛を気取るわけではないが、なんでもかんでも白日の下に晒しゃいいってモンでもあるまい。せっかく本物が隣にあるのだから、時間の許すかぎりそっちを見ていた方がいいだろう。ということで、上映コーナーからは早々に立ち去る。
 
 他の部屋では、関連する展示物や同時代の他のタピスリーもいくつか見られた。《放蕩息子の出発》や《算術》あたりも面白かったけど、こちらはもっと図式的というか、画面上できちんと説明している。やはり《貴婦人と一角獣》の方が、謎めいているぶん、見飽きない。
  
 タイトルにもなっているくらいだから、やはり「貴婦人」と「一角獣」は注目されるが、もうひとりの主役「ライオン」の表情やポーズもそれぞれ面白い。妙に可愛かったり、なんとなく情けなかったりで、貴婦人よりもよっぽど人間くさい顔をしている。他の小動物、たとえば猿や兎の動きも見ていてユーモラスだ…などなど、画面の隅々まで発見がある。想像力さえあれば、一枚のタピスリーからいろいろな「おはなし」が生みだされそうだ。この連作を守ってきたお城の歴代の主たちは、タピスリーの前でどんな「物語」を紡いできたんだろう。そんなことを考えるのも楽しい。それぞれのタピスリーは「五感+第六感」を意味しているんだとか、研究者の手でいろいろ解釈されているようだが、そんなことはとっぱらって、自由に想像を巡らしてみる方が楽しそうだ。
 
 他の部屋の展示を眺め終わったあとも、何度もこのメイン展示室に戻ってこられるようになっているので、時に近寄り、時に離れてを繰り返し、けっこうな時間を過ごした。なにしろモノがでかいから、室内にそこそこ観客がいてもさほど気にならない。なんなら、まるまる一日じゅう居座ることだってできそうだ。…あ、それで展示室にイスがないのか。
 

2013 05 28 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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