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のど歌のふるさと
●研究公演 のど歌のふるさと
2013年09月08日 国立民族学博物館
みんぱくの研究公演では2009年にTyva Kyzy(トゥバ・クィズィ=トゥバの娘たち)というグループを観て以来だ(そのときの感想は→こちら)。その後2012年には伊丹にフンフルトゥを聴きに行って(感想は→こちら)、さて今回は。
のど歌というと日本ではモンゴルのホーミーが有名だけれども、実はモンゴル国内ではそんなにのど歌が盛んだというワケではないらしい。現在の中心地はトゥバ共和国と、その隣のアルタイ共和国なんだそうだ。トゥバでは「ホーメイ(フーメイ)」、アルタイでは「カイ」と呼ばれているとのこと。今回の公演はその2大巨頭、アルタイとトゥバからミュージシャンを招聘し、聞き比べてみようという企画。アルタイののど歌をナマで聴くのははじめてなので、たいへん期待して出かけた。
公演は2部構成で、前半がアルタイ組、後半がトゥバ組。解説を巻上公一さんがつとめておられ、たっぷり2時間半の充実したコンサートだった。
のど歌という歌唱技法じたいがどちらかというと特殊な技術なので、こういう音楽はライブに限るなあ、と終始思っていた。CDはもちろん、ビデオでもちょっとよくわからないかもしれない。特にアルタイのカイは、重低音からキーンとした超高音まで、ひとりの歌い手が自在に操るので、ナマで観ていてもいったいどうなっているのかにわかに理解しがたい音が立て続けに押し寄せてくるのだ。とくにTandalai タンダライさんという女性歌手(初来日)は、プログラムの紹介によれば「5オクターブの声域を持つ」とのことで、低く押しつぶしたうなり声を出すかと思えば鶴の啼き声を模写した非常に鋭いハイ・トーンが出てきたりして、びっくりする。
もうひとりのアルタイ歌手、Bolot Bairyshav ボロット・バイルシェフさんはプレスリーかよ、と突っ込みたくなるような派手な白スーツだったが歌唱は実に堂々たる声量で、コムス(口琴)を弾きながらのカイが特に凄かった。
アルタイからの出演者は上記の2名のみだが、どちらもアルタイでは国民的歌手とのことで、たしかに魅せるし聴かせる(ちなみにボロットさんは2014年のソチ冬季五輪では連日歌いまくるんだとか。「TOKYO TAIGA」というプロジェクトで共演している巻上さんも「一緒に行ってきます!」と力強く宣言してらしたから、開会式や閉会式のイベントは要チェックですね)。
このステージだけでアルタイのど歌の特徴を断定するのは危険だろうけど、おふたりに共通する雰囲気としては、「端正な工芸品のよう」という印象を強く持った。2弦の撥弦楽器トプシュールを静かにかき鳴らし、技巧を究めたのど歌がそこに乗る。ぐんぐん煽ってくるというよりも、もっとじわじわと迫ってくるかのような迫力は、聴き手であるこちらをしっかりつかんだまま離さない。一曲おわるたびにほうっと深い溜息が出る。
アルタイが手工芸品なら、トゥバはなんだろう? トゥバ組は男性3人と女性1人の4人のアンサンブルでの登場だったが、楽器をひとつかき鳴らすだけでふっとそこに広い草原がイメージできるかのような、広々とした開放感が、今回も感じられた。ラフなようでいて演奏じたいはけっこう緻密なんだけれども、窮屈な感じはみじんも感じさせない。何度も楽しんできたトゥバの音楽が、今回も堪能できた(なんでも予定していたプログラムよりも演奏曲目が増えていたそうで、巻上さんは「対抗意識かなあ」と笑ってらした)。
ラストは全員が一緒に揃っての演奏。おそらくはほとんど一発勝負のジャム・セッションだったろう。おたがい相手の出方を伺いつつ、という部分がいくつか見られ、そのせいか思い切りぶっとんだ風にはならなかったけれども、それよりも貴重な一瞬に立ち会えた、という感動の方が大きい。
* * *
巻上さんが今回の公演で何度か強調していたのは、「今生まれつつある伝統」ということだった。のど歌の歌唱技法はアルタイやトゥバの「民族的伝統」とされているけれども、いつどこで誰が始めたものなのか、そういう歴史的なことはなにひとつ分からないのだそうだ。伝統伝統というけれども、すぐれた歌い手や演奏者が時代に応じて連綿とつながってきたからこそであり、けして博物館入りした古いお手本を忠実に再現するたぐいの芸能ではない、と。つまり、彼らは常に「いま、ここ」のうたを歌っているのだ…わたしなりの理解なんで間違っているかもしれないけれど、そういう風なことをお話されたと思う。現に、トゥバ組は最後に<ハチコ>という「新曲」を披露したのだが、このうたのテーマはなんと「忠犬ハチ公」なのだそうだ。もしこのうたが20年、30年と歌い継がれたら、日本のハチ公がなんでトゥバで歌われているのか、誰にもわからないかもしれない、でもそういうのが面白いと思うんですね…。そんな言葉が印象的だった。
じっさい、のど歌はヴォイス・パフォーマンスとしてじゅうぶんコンテンポラリーの最前線に立っていると思う。たとえばヒューマン・ビートボックスの使い手と共演してみても面白そうだし、というか単にわたしが知らないだけですでにそんな試みは各地でたくさんなされていることだろう。コンサートをしめくくる最後のセッションなどは、特にそんなノリを感じた。冒頭のリンクのように、わたしがこれまで観たコンサートはどちらかというと<民族の伝統>という側面を伝える方向だったんだが、今回の公演はそこからもう一歩踏み込んだ内容になっていたのではないだろうか。「のど歌のふるさと」という、いかにものんびりした題名にもかかわらず、これはなかなかに刺激に満ちた公演だったと思う。
なお、みんぱくも加わっているトゥバの国際合同調査プロジェクトの成果の一端が、公演前にビデオ映像で流れていた。来年には同館のビデオテークで一般公開されるとのことで、こちらも楽しみ。ていうか、アンケートにも書いたんですけどそのビデオ、ミュージアムショップでも販売してくれませんかねえ…。
2013 09 08 [face the music] | permalink Tweet
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