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ベン・シャーンのドローイング
●丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 |線の魔術師|
2012年11月17日~2013年01月14日 埼玉県立近代美術館
2013年11月02日~12月23日 伊丹市立美術館
【図録】
発行:丸沼芸術の森
デザイン:山下雅士(スリープウオーク)
2011年末から翌年にかけて開かれた大規模な回顧展(『ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト―写真、絵画、グラフィック・アート―』、名古屋展を観に行ったときのわたしの感想はこちら)に続いて、ふたたびベン・シャーンの絵に触れることができた。今度の展覧会は、埼玉県の「丸沼芸術の森」が所蔵する作品で構成されていて、なかでも美術学校に通っていた時代のデッサンなどが含まれているのが貴重だろう。ポスターや版画作品などいくつかで『クロスメディア~』と同じ作品が飾られていたけれども、あのときは丸沼芸術の森からの貸し出しではなく、別の所蔵者のものを使っていたようだ。
本展の図録はスケッチブックをイメージさせるお洒落なブックデザインだけど、展示品の一部しか掲載されていないのがちょっと残念。今回の展覧会は、副題でもわかるようにどちらかというとモノクロのドローイング作品が主体なんだし、小さくてもいいから全部載せておいて欲しかったなあ。
ベン・シャーンの描くドローイングでは、楽器を演奏する人たちの一群がとくに好きだ。音楽や楽器を主題にしたものはペインティング作品ではそれほど多くは出てこない気がするんだけど、ひょっとしてテーマによって画材やタッチを使い分けていたりしていたのかな。
なかでも、本展には最晩年の連作『ハレルヤ』が並んでいたのがとても嬉しかった。見つめているうちに学生時代のことを思い出していた。学校にこの画集があって、ヒマさえあれば眺めていたのだ。ベン・シャーンがジャズからクラシックまでさまざまなジャンルのレコードジャケットを多く手がけていたのはずっとあとで知ったんだけど、音楽がホントに好きだったんだなあというのはこの連作からだけでもとてもよく伝わってくる。楽器の持ち方なんかは全然リアリズムってわけではないんだけれども、それでもベン・シャーンが描くといかにもそれっぽく見えるのが、昔から不思議だったのだ。写実を超えたリアルさを描ける、なるほどこれこそが<線の魔術師>たる所以なんだろうか。そういえばこのひとの描く似顔絵も、対象の特徴を捉えつつも独特の描線のタッチのおかげでベン・シャーン世界のキャラクターとしての存在感があって、見飽きないんだよなあ。
もうひとつ、話だけは聞いていたけどはじめて見ることができて嬉しかったのが「ハムレット」のためのイラスト群(1959年)。かのシェークスピアの名作を米CBSがテレビドラマとして制作し、放送当日にはベン・シャーンのイラストを使ってニューヨーク・タイムスに全面広告を出した。これが大きな反響を呼んだそうで、のちにCBSがテレビドラマ版の脚本を出版した際にもシャーンのドローイングが35点掲載されていた。本展ではそのうち20点が見られる。
ベン・シャーンは早くから政治的なスタンスをはっきりさせていて、1940年代後半からのいわゆる「赤狩り」監視対象に入れられりもしたけれども、商業的にはおおむね「成功した」画家だった。雑誌などマスメディアのイラストレーションの注文は多かったし、前述のようにテレビドラマ「ハムレット」を宣伝する新聞広告はたいへんな評判を呼んだ。晩年はユダヤ人としての原点に立ち返るかのようにヘブライ文字をモチーフにした作品や旧約聖書をテーマにした作品を数多く制作したけれども、当の本人は終生無神論者であったらしい(と、これは『クロスメディア~』展図録からの受け売りだけど)。ジャーナリスティックな視点から職人芸のような手業まで、作品ごとにいろんな側面が楽しめるのがこの人の面白さだろう。昨年の『クロスメディア〜』展はペインティング作品が主体だったけど、ドローイングの方も相当、いや実はこちらの方が彼の本質なんじゃないかと思えるくらい、ひとつひとつが見ていて楽しかった。
会場の売店には、図録やポストカードに混じって古本が何冊かあった。京都の書店(けいぶん社)が本展のために用意したものだという。わたしが行った時は、1962年に刊行された平凡社の『世界名画全集』(この画集のためにベン・シャーンが寄せた文章が『クロスメディア~』展図録に再録されている)や、洋書の作品集がいくつか置いてあった。古本だしそれなりに貴重なものばかりだろうけど、高くても1万円は超えない価格に設定されていた。個人的にはちょっと手を出すのはためらわれたが、会期早々に行っていればもっと掘り出しものもあったかもしれない。例えば、もしも『ハレルヤ』なんかが置いてあったら、きっと後先考えずに手を出していたに違いない。
ま、これでよかったんだと、半分自分を慰めるようにして館を出た。
2013 11 23 [design conscious] | permalink Tweet
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