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ジャン=ジャック・サンペ賛ふたたび
このブログでジャン=ジャック・サンペのことを書いたのは2004年(→記事はこちら)。あれから早10年、ようやくサンペの作品集の日本語版が出版されました。いやぁめでたい。
●SEMPE IN NEW YORK ジャン=ジャック・サンペ ニューヨーカー イラスト集
ジャン=ジャック・サンペ著/宮田智子訳
発行:DU BOOKS 発売:ディスクユニオン/2014年2月28日初版
デザイン:三村漢(niwa no niwa)
ISBN 978-4-907583-01-9
オリジナルは2009年にフランスならびにドイツの出版社から刊行。画集だから言葉がわからなくてもよさそうではあるんだけど、本書にはサンペのロング・インタビューが収録されていて、それが日本語で読めるのはなによりありがたい。なにせこれまでは作者について日本語で書かれた情報といえば、絵本巻末の著者紹介文などごくわずかしかなかったから、いろいろわからないことが多かったんですね。判型こそオリジナル版に比べ小さくなっちゃってますが、えーい、そこんところはこの際目をつぶろう。
本書はタイトルからもわかるとおり、アメリカの老舗雑誌THE NEW YORKERに掲載された表紙絵を中心に編まれており、インタビューも当然ニューヨークという街とサンペとのかかわりが主なテーマとなっています。インタビューは彼がはじめてニューヨークを訪れたときの話(1965年)から始まりますが、まだ生地ボルドーで絵の勉強をしていたごく若い頃の回想も出てくるなど、サンペのこれまでが詳しく語られます。
ただ、インタビューでは時系列が少しばかり妙なことになっていて、<ニューヨークから帰国後、しばらくしてTHE NEW YORKER誌の記者がパリの自宅を訪問→作品集を持ち帰る→その数週間後に編集長から作品依頼の手紙が届く→“それから8日間、不眠不休ですごしました”→なんとかイラストを描き上げて知人にニューヨークまで届けてもらう→しばらくして送った絵が表紙になったことを知る>という流れなんですが、その表紙初掲載というのが1978年8月14日号。おや、最初の渡米から数えると13年もたっていることになるんだけど…。
ともあれ1978年以降ずっと、彼の作品はほとんど途切れることなくTHE NEW YORKER誌に掲載されることになります。これだけ長く同誌に執筆してきたというのに、彼自身はニューヨークに何度も「出張」したことはあっても住んだことはない、というのが驚きでした。英語ができないから、というのをサンペは何度も口にしていますが、もしかするとそれ以上の理由が他にあったのかも知れません。インタビューの最後、「ニューヨークはあこがれの街のままであったほうがいいと思いますか?」との問いに、<そりゃそうでしょう。「夢のほうが現実よりも断然おもしろい」とよくいいますが、実際、そうじゃないですか?>と答えている(本書p.153)のが興味深いなあ。
インタビューを読んでいてつくづく感じたのは、サンペという作家は、とてもシャイで慎み深い人だなあと。受け答えのはしばしに、ことさら卑下しているわけでもない、ごく自然な冷静さを見て取れます。
たとえばこんな発言。
私は、文化の発展を担っているような顔をしている人が一番苦手です。人の話を聞いたり、その人のことやその人の好きなものの話を聞くのは好きですよ。でも好きになるべきものを指南されるのは嫌なんです。(p.47)あるいはこんな対話。
——ユーモアデッサンが精神治療に効果的だといわれていますが、そう思いますか?これだけ長いあいだジャーナリズムの第一線で活躍し続けてきて、なおも自分のことを謙虚に見られるというのは、それだけでひとつの才能なんだろうと思います。街や他人に限らず、自分のまわりのもの全てに対する距離の取り方、自分の仕事に対する考え方とほのかに見え隠れするプライド。このあたりの含蓄がサンペのサンペたる所以なのかもしれません。
そうかもしれませんが……精神分析なんぞは、私には難しくてよくわかりません。『人類のために尽力してらっしゃる』といわれることがありますが、なにいってんだと思います。それは、インフルエンザのワクチンを見つけた人にいうことでしょう!(中略)
——しかし、笑うことは、薬よりもいい作用を施すかもしれませんよ。
さすがにそんなことはないでしょう。でも、確かに笑うのは身体にいいですよね。街でいい人に出会ったときの感じと似ているんじゃないでしょうか。そういうとき、うれしくなりますよね。でも、その人はインフルエンザからは守ってくれませんよ。(p.060)
広大な大自然の風景や、ビルが建ち並び大勢の人がうごめく都会の中に、ぽつんとひとりだけ自分だけの楽しみを見つけて悦に入る人物。こういう鮮やかな対比をサンペは好んで描きます。特にTHE NEW YORKERの表紙絵には、サンペの他の作品にくらべてこうしたテーマが多いように思われます。
描かれる主役は小さな子供だったり中年から初老の男女だったりと様々ですが、誰もがみな無邪気で、純粋にその瞬間を楽しんでいる。明示的には描かれてはいないけれども、彼や彼女のバックグラウンドに何があったのか、描かれた人物はこれまでどういう人生を歩んできたのか、いろんなことを(時に自分自身に重ね合わせて)つい想像してしまう、そんな作品。サンペが多くの人に愛され続けてきたのは、たった一枚の絵の中に幾重ものドラマを仕掛けることができる、その描線のマジックのゆえに他ならないでしょう。その秘密の一端が、この本の中で少しばかり明かされたように思いました。
* * *
さて、こうなるともうひとりの“The New Yorker”、ソウル・スタインバーグも気になってくるぞ。実はこちらにも同誌の表紙絵などを集めた本、タイトルもズバリ『STEINBERG AT THE NEW YORKER』なる大判の作品集があるんですね。こちらはスタインバーグ没後の刊行でもあり本人のインタビューこそ掲載されてないんだけど、長文の解説記事はできれば日本語で読んでみたいもの。ディスクユニオンさん、ついでといっちゃあナニですが、こちらもいかがです?

●STEINBERG AT THE NEW YORKER
Joel Smith著
Henry N. Abrams, Inc刊(N.Y.)/2005年
Cover Design:Françoise Mouly
ISBN 0-8109-5901-1
※ちなみに、カバーデザイン担当のフランソワーズ・ムリーという名前は上のサンペ本にも出ていました。THE NEW YORKER誌のアート・ディレクターとのこと。
2014 03 01 [design conscious] | permalink
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