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[exhibition]:日本パノラマ大図鑑
●初三郎式鳥瞰図「誕生」100年 日本パノラマ大図鑑
2014年09月27日〜11月16日 宇治市歴史資料館
大正から昭和初期にかけて、パノラマで描かれた観光案内図が人気を博しました。本展は、その第一人者である吉田初三郎の描いた鳥瞰図を集めた展覧会です。
<鳥瞰図>はともかくとして<初三郎式>といわれてもあまりイメージできませんが、試しにグーグル画像検索で<吉田初三郎>と検索するとこんな感じ。このレトロモダンな図柄ならいつかどこかで見たことがあるという方も多いかもしれません(ちなみに「初三郎ちずぶらり」というiPhone/iPadアプリも発売されているので、気になる方はiTunesで検索してみてください)。
もともと洋画家を志していた吉田初三郎ですが、苦しい生活のため当時開通したばかりの京阪宇治線の沿線案内図の制作を引き受けます(大正2年・1913年)。当初はただ糊口をしのぐためだけのつまらない仕事と考えていたようですが、翌年になって皇太子(のちの昭和天皇)が修学旅行で宇治を訪れた際にこれを賞賛したことから考えをあらため、以後本格的に取り組むようになります。案内図じたいは1913年の作ですが皇太子がホメたのが翌14年なので、2014年に<「誕生」100年>と銘打っているわけですね。このあたりはちょっとこじつけじゃないかな。
ともあれ、初三郎は以後3000点以上の鳥瞰図を描いたと言うからとんでもない仕事量で、そのどれもが細かくリアルな絵図ばかり。会社組織をつくって大勢の弟子やスタッフを抱えていたそうで、そりゃあ一人では到底こなし切れない仕事だったことは想像にかたくありません。もちろん現地取材も綿密に行っていたでしょうが、ひとつ仕上げるのに要した期間はいったいどれくらいだったんだろ。
展覧会は、原画ではなく実際に発行された印刷物が中心で(他に当時の駅スタンプやマッチラベル、絵葉書なども展示。さらに上述の皇太子修学旅行の詳細も紹介)、ガラスケースの向こう側なので細かな文字などはよく読めません。でも、いくつかの作品が拡大コピーされて壁面を飾っていたり、大画面ディスプレイで拡大映像を流したりしているので、細かなディテールはそちらでたっぷり堪能できます。オールカラー・72ページの展覧会図録も読み応えがあるんですけど、こちらは展示作品の全てが収録されているわけではないのがちょっと残念。
それにしても、原画はいったいどのくらいの大きさで描かれていたのかな。相当大きな紙を前にしている初三郎の資料写真があり、じっさいそれなりの大きさがなければこんな精密な絵図は描けないと思うんですけど、じゃあ当時の印刷技術で版下〜製版をどうやっていたかというのも興味深いところではあります。
「初三郎式鳥瞰図」の楽しいところは、一見かなりリアルでありながら、カメラなんかでは絶対に表現できない情報量をこれでもかと詰め込んでいるあたりでしょう。
たとえば宇治近辺の観光図の遠景にちゃっかり富士山が描かれていたりします。つい先日、京都府から富士山の撮影に成功したというニューズが話題になりましたが(参照:→田代博のホームページ:ついに撮った!京都からの富士山)、彼の絵図には富士山どころか北海道まできっちり描き込まれているんですね。他にも日本列島を中国大陸側から眺めた作品は(日本海側が手前なので北海道が向かって左、九州が右というたいへん珍しいアングル)はるか沖合にアメリカ大陸、はては南極まで記されているというなんとも愉快なもの。見るからに気宇壮大で、この絵図を見た人たちは世界がまるごと一枚の絵の中にあるさまにさぞ興奮したことでしょう。
観光案内図の多くはハンディサイズのきわめて限られた誌面。そこにできる限りの情報量を盛り込むため、あたかも巨大な魚眼レンズで撮ったかのように極端にデフォルメされたパースが、誌面に独特のダイナミクスを生みだしています。
鳥瞰図の名所図会というと、室町〜桃山時代の洛中洛外図屏風あたりが本邦初になるのかな。屏風のような一品ものは有力大名などごく一部の権力者しか見られなかったかと思うんですが、江戸時代には今で言うガイドブックがいくつも出版され、「観光」が次第に大衆向けのショーバイになっていきます。
さらに時代が下って、吉田初三郎が活躍した大正から昭和初期になると鉄道の建設が全国各地ですすみ、「観光」は庶民の娯楽としてさらに一般化・大衆化します。初三郎はそんな観光ブームの立役者として活躍。鉄道会社(処女作も京阪電鉄からの依頼でした)や新聞社、あるいは地方自治体から次々と依頼が舞い込むようになります。
そんな鳥瞰図は、太平洋戦争中には軍事上好ましくないという理由で描くことができなくなり、戦後は写真の発達もあってすっかり古臭い技法になってしまい、やがて忘れ去られます。
現在の眼で約100年前の日本各地を眺めると、古臭いどころかその斬新な視点と繊細な作画技法に目を惹かれます。なによりも、今ではすっかり変わってしまったところや今なお変わらずにそこにある建物などがいちいち面白く、いつまで見ていても飽きることがありません。
さてそれではこのあと100年後、現在わたしが観ている風景群のどこが変わり、どこがそのまま残るんだろ?
そんなことを思いながら、会場を何度も行ったり来たりしていました。
※展覧会図録
編集・発行:宇治市歴史資料館
装幀者名記載なし
2014 09 27 [design conscious] | permalink
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