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《奇想の人》の自伝本
●奇想の発見 ある美術史家の回想
辻惟雄著
新潮社刊/2014年06月30日初版
ISBN978-4-10-335811-4
装幀:新潮社装幀室
装画:しりあがり寿
辻(2点シンニョウ)惟雄さんの出世作『奇想の系譜』(初版は1970年)をはじめて手に取ったのは、わたしが京都の某美術系大学に入学して間もない頃でした。当時すでに出版からかなりの年月がたっていたんですが、大学図書館ではかなり人気の高い本だったように記憶しています。
アレは実に面白い、という先生方や先輩の評判を聞いてどれどれとページをめくってみたものの、残念ながら当時のわたしにはあまりピンと来ませんでした。日本画そのものにまだあまりなじみがなかったってことがいちばん大きかったのかもしれませんが(なにしろ大学に入るまで日本美術なんてまったく関心の外だったので)、とはいうものの今思えばどんだけボンクラな学生だったんだろ。
『奇想の系譜』のとんでもない面白さにハマったのは卒業後ずいぶんたってから、若冲や簫白などの大規模な展覧会に圧倒されてから後のことで、それからようやく“辻惟雄”という学者さんの面白さに気が付いた…とはいえその後も熱心に著作を追いかけるというほどではなかったんですが。
次にこの人の名前を意識するようになったのは滋賀県のMIHO MUSEUMの館長に就任したというニュースを見てから。就任がたしか2005年頃だったかな、なのでずいぶん遅い目覚めではあります。MIHO MUSEUMの企画する展覧会がやたら気になりだしたのもちょうどその頃から。以後は、全部ではないものの企画展はできるだけ観に行くようにしています。というか行きたくなる展覧会が多いんですね。
現在、岩波書店から出ている全6巻の著作集は、刊行順に興味のある項目からぼちぼち読み進めている最中で、一向に終わらないんですけど、この自伝の方は一気に読み終えました。
コンプレックスの塊のような文章がまず面白いんですね。特に、オデコの大きさをからかわれて泣いたという三歳のころの思い出から始まり、いろんな女性を好きになっては振られ続きだった青年時代を綴った前半は、辻さんの個人的なエピソードもさりながら、戦後間もない頃から安保闘争時代にかけての世情が随所に記されていて、たいへん興味深いものでした。
劣等感に満ち鬱々とした青年時代だったように書かれているんですけど、引用されている当時の日記からは飄々とした軽みのある人物像が浮かんで来ます。
医者を目指して東大に入学したものの理数系からは早々に脱落。自分の進む道を模索して悶々とした日々を送るうち、やがて美学美術史に辿り着き、そこからようやく目の前が開けてくる。そんな葛藤の日々を綴ったあたりはかなり身につまされます。
ただ、青年時代までの、自身のネガティブな面は比較的赤裸々に語っているんですが(とはいえ、その記述には抑制が効いていて、肝心カナメの核心部分にはあまり触れられていない印象も)、日本美術史家として活躍する後半生はほとんどダイジェストのように飛ばしていて、そのあたりはやや物足りません。おそらくは自慢話をしたくないというご自身の品の良さというか、慎み深さでもあるのでしょう。まだまだ現役として活動されている以上、スキャンダラスな暴露話を繰り広げるわけにもいかないでしょうし、そもそも他人の足を引っぱるような言動にはもともと関心が薄かったのかとも思いますし。
戦後の日本美術研究史の一端をうかがうことができるし、標題から推察できるように『奇想の系譜』が誕生するいきさつも詳細に語られているので、本書は歴史の一証言として今後重要な一冊となることでしょう。しかしながら、江戸期の日本美術の面白さをこれだけ幅広い層に紹介し得た才能とその真の評価については、他の人の手によっていつの日か間違いなく書かれるだろう評伝の方にこそ、期待すべきなのかも知れません。
2014 09 21 [design consciousbooklearning] | permalink Tweet
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