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野口久光のグラフィック・ワーク
●野口久光 シネマ・グラフィックス 魅惑のヨーロッパ映画ポスター展
2014年10月07日~12月07日 京都文化博物館
野口久光(1909-1994)の展覧会はこれまでにも何度か開かれています。関西圏では2011年6月に西宮市大谷記念美術館で開催されていて、その図録は一般の本屋さんでも販売してました。このときは展覧会には行かずに本だけ買って済ましていたんですが今年は京都に来る。じゃあ今度こそちゃんと観に行かねばと、いそいそと出かけました。
この春にはパリのシネマテーク・フランセーズでも野口展をやっていたそうで(2014年3月5日〜5月4日)、本展図録も2014年版が新たに作られてます。つまりこの京都展はパリからの凱旋帰国展、てことになるのかな。
【写真上から】
・私の愛した音楽・映画・舞台 中村とうよう編/ミュージックマガジン/1995年6月
ISBN4-943959-12-1
・野口久光 シネマ・グラフィックス 根本隆一郎編/開発社/2011年6月
ISBN978-4-7591-0132-4
・Hisamitsu Noguchi The Graphic Works 野口久光展2014/開発社/2014年(本展図録)
ISBN番号記載なし
2冊の図録は重複も多いものの、どちらか一方にしか掲載されていない図版もあったりするのでちょっとやっかい。上の写真には入ってませんが、作品集としては他に『野口久光グラフィック集成 ヨーロッパ名画座』(筒井たけ志・根本隆一郎編/朝日ソノラマ/2001年/ISBN4-257-03647-8)というのもあります。こちらは1984年に元版が出ていて、現行本はその改訂新版。野口さん本人によるエッセイが貴重で、さすが生前に編まれた作品集だけのことはあります。
また、ミュージカル映画/音楽映画のポスターだけに特化した『'S Wonderful 華麗なるミュージカル映画の世界。』(大山恭彦・根本隆一郎編/開発社/2008年11月/ISBN978-4-7591-0123-2)も素晴らしい本です。野口さんがポスターを手がけていた同時代の、他の人による作品がたっぷり見られるので、並べてみると野口作品の独自性がよりいっそう理解しやすいでしょう。
野口久光が映画ポスターを多く描いていたのは1960年代までで、わたしはリアルタイムで見ていた訳ではありません。むしろ野口久光といえばジャズ解説者? とか思っていたクチです。上の写真、いちばん上の『私の愛した〜』は亡くなった翌年に出版されたもので、主に『レコード・コレクター』誌に連載されていた文章をまとめた分厚い一冊なんですが、ここには自身が描いたポスターのことなど全然出てこない。映画関連でもフレッド・アステアなど古いアメリカ映画スタアについての文章が大半で、戦前にフランスはじめヨーロッパ映画を配給する映画会社の宣伝マンとして活躍していたことを巻末鼎談(「さよなら、野口久光先生」瀬川昌久×本田悦久×中村とうよう)の最後に触れられていたのを読んでたいへん驚いたものです。
ポスターのいくつかはデザイン関連書かなにかで以前から見ていたはずなんですが、それが“あの”野口久光とは、長い間うまく結びつかないままでした。作品集を買ったり展覧会に足を運んだりして、近年になってようやくこの人の全体像がおぼろげながらもつかめるようになってきたところです。
さて、そのポスター。出演俳優の特徴をよく捉えた人物画もさりながら、映画作品の雰囲気にとてもフィットしたレタリングや色遣いがなんともたまりません。戦前だと映画は当然モノクロなんですが、宣伝ポスターの方はカラーなのが面白い。特に初期の作品(1930年代)では作品ごとに描くタッチを使い分けていたのも興味深く、リアルな肖像画から当時流行のアール・デコ調まで、様々なスタイルを取り入れていたのがわかります。
横組みの文字を、右から読ませるのと現在のように左から読ませるのとが混在しているのも1930年代後半で、同一作品で2種類のポスターがあったりして、このあたりも面白いものです。さすがに戦後はすべて左→右で統一されますが、横書きの書き方・読み方の歴史ってのも調べたら面白そうですね。たとえば『罰と罪』(1935年フランス映画/日本公開36年)なんて書かれると混乱する人もいたかも。
絵はもとより、タイトルからコピー、出演者の名前まですべて手描きでつくられたこれらポスターは、朝日ソノラマ本の再録エッセイによればひとえに製作期間の短さによるものだったとか。
当時は、なにしろ今日の週刊誌なみのスピードで仕事をしたわけだから大変だった。会社からは一日も早くポスターをよこせよこせの矢の催促である。ようやく題名が決まったのでポスターを描き上げたら、とたんに題名が変わったということなどザラだった。(中略)無理難題の中で、いかに速く、うまく描くかということがポスター描きにとっては絶対の条件であったわけだ。引用した文章は、もともとは『懐しの洋画ポスター大全集』(講談社刊/1979年)に書かれたもので、朝日ソノラマ本に抜粋されたものからさらにごく一部を孫引きさせていただきました。
文字を手書きにしたのも速く仕上げるための工夫のひとつで、校正の手間がはぶけるからという理由なんだそうで、いやはや。たしかに活字を組むなど第三者の手を使うよりかは速いんでしょうけど…。
勤務していた会社がヨーロッパ映画専門だったため、野口ポスターにアメリカ映画は見当たりません。もしもこの人がアステア映画を描いていたらどんなポスターに仕上がっていたか、想像するだけで楽しいものではあります。ところが、前掲のエッセイの中で<よその会社の仕事を頼まれて描いたこともあった>と、ユナイト映画のポスターをだいぶ描いたことがあったなどと告白しているんですね。普通なら許されないでしょうが<わりと大目に見てくれた>というのが大らかでいい感じ。
そこで1927年の『ジャズ・シンガー』アメリカ本国版ポスターからはじまる『'S Wonderful』をめくってみます。ここにももちろん野口作品もたくさん収録されていますが、ひょっとしてこの中に野口の<よその仕事>も混じっているかも…そう思いながら誌面をじっくり眺めてみても、どうもよくわからず。もしかするとコレかも? というのはチラホラあるんですが…。
残念ながら『'S Wonderful』には映画の情報は載っていても肝心のポスター作者のことは一切書かれていません。けれど、映画の宣伝ポスターなどはもともと裏方の職人仕事であって、野口のように作者名の残る方が極めて珍しい事例でしょう。
前記ミュージック・マガジン本の鼎談で<昔の思い出話など、自分のことはお願いしてもなかなか書いていただけなかった>という意味のことを中村とうようさんが語ってますが、掲載誌に合わせたテーマを優先していたことももちろんあるでしょうが、むしろ宣伝の仕事は匿名を良しとする、むかし気質な職人の矜恃もあったのかも知れません。
展覧会は、副題にもあるように映画ポスターが主体ですが、後半にそれ以外のアートワークが思いのほか多く展示されていたのが嬉しかった。ジャズ・ミュージシャンのスケッチなどはどれもたいへんすばらしいし、数は少なかったけど写真も見事なもの。このあたりの、後期の仕事を中心とした作品展も、いずれ見てみたいものです。
2014 10 26 [design conscious] | permalink
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