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ボリショイ・バレエのドン・キホーテ

 
 いやあ楽しかったのなんの。これぞエンターテインメントですねえ。
Bolshoi2014
●ボリショイ・バレエ/ボリショイ劇場管弦楽団 2014年日本公演
 写真は公演プログラム
 発行:ジャパン・アーツ
 デザイン:デザイン・グリッド
 
 2014年のボリショイ・バレエ日本公演は『白鳥の湖』『ラ・バヤデール』『ドン・キホーテ』の3本をひっさげてツアー中です。このうち『ラ・バヤデール』は東京文化会館公演のみ(12月3日・4日)なのが残念なんですけど、『ドン・キホーテ』が滋賀県のびわ湖ホールに来るってんで出かけてきました(11月23日)。
 主なキャストは以下の通り。
 キトリ/ドゥルシネア姫:クリスティーナ・クレトワ
 バジル:セミョーン・チュージン
 ドン・キホーテ:ニキータ・エリカロフ
 サンチョ・パンサ:ゲオルギー・グーセフ
 ガマーシュ(金持ち貴族):ヴィタリー・ビクティミロフ
 エスパーダ(闘牛士):ルスラン・スクヴォルツォフ
 メルセデス:クリスティーナ・カラショーワ
 ロレンソ(キトリの父):アンドレイ・シトニコフ
 
 チケットを入手した時はオーケストラまでボリショイだとは思ってなかったので、当日になってパンフレットを見てびっくり。さすがにいい音だし、軽快なテンポも心地いい。何よりもダンサーとの息がぴったりで、細かいタイミングがことごとく合っていてそれだけでも嬉しくなってきます。おかげで舞台にしっかり没入できました。全体にカスタネットやタンバリンがより強調された音作りになっていて、スパニッシュらしさがうんと高まります。
 またセットや背景、それに衣装もお見事で(中でも衣装は、1903年ワシーリー・ディヤチコフのスケッチを元にした復元版なんだそう)、第一幕の背景や第二幕のセットなどは南欧特有の濃厚な空気感がよくあらわされていたんじゃないかと思います。演出もプロローグからスピーディに飛ばしてゆくので、ダレるところがまったくありません。全体にとても洗練されているし、この演目ならではのダイナミックさもじゅうぶん感じられたしで、ほんと満足度の高い公演でした。
 
 このバレエは主役級以外にもおおぜいの群舞が終始出ずっぱりなんですが、特に第一幕、主役たちが前面であれこれやっているその後ろで、それぞれの小芝居が細かいことといったら。ふつうは背景がわりの群舞ってあまり邪魔しないようおとなしく突っ立てるか、せいぜい表情と手の動きでそれらしい雰囲気を作ることだけってのが多いと思うんですけど、ボリショイの彼らは時にメインの踊りを見失いそうになるくらい。ふざけあってたりケンカしていたり、酒をかっくらっていたりと、たいへん個性豊か。そういう過剰なほどの喧噪が第一幕を通じてずっと繰り広げられていて、続く第二幕の酒場〜風車〜幻想シーンを経て第三幕のお城での結婚式になると、背景の人たちは必要な時以外はピタッと銅像のように静止したままのポーズ。それぞれの場面に応じた、メリハリの効いた演出が実に効果的です。
 
 
 バレエ『ドン・キホーテ』は1869年、当時の帝室ボリショイ劇場バレエ団が初演。なので、ボリショイ・バレエにとっては自家薬籠中の演目と言っていいでしょう。原振付はプティパとゴールスキーで、今回上演されたのは1999年にアレクセイ・ファジェーチェフ(80年代から90年代にかけて活躍したボリショイのスター・ダンサー)が手を入れた改訂版です。そのファジェーチェフによる解説文がプログラムに掲載されていたので、一部引用します。

《ドン・キホーテ》はプティパとゴールスキーの最も「モスクワ」的なバレエである。モスクワで初演された(1869年プティパ版、1900年ゴールスキー版)だけでなく、楽天的なにぎやかさ、演劇性と即興の余地はモスクワ流派とボリショイ劇場のダンサーの特徴なのだ。(公演プログラムp.28)
 南欧スペインが舞台のバレエが最も<モスクワ的>というのは実に興味深い指摘ですが、実際のステージを観ると納得させられます。先に触れた群舞たちの即興的な芝居なども彼のいうモスクワ流派の特徴のひとつなのでしょう。このバレエが持つ大衆性と華やかな祝祭性をよりいっそう際立たせているのが、こういったディテールなのは間違いないと思います。
 
 モスクワというかロシア的ということで言えば、第二幕第二場、おなじみの風車の場面でドン・キホーテが錯乱を起こす原因がロマたちによる人形劇っていうのはプティパ由来の筋書きなのかな。ここはバレエ・リュスの『ペトルーシュカ』を連想してしまいました。
 風車に戦いを挑んで虚しく敗れ、傷ついたドン・キホーテが見る幻覚の場面では厳冬のロシアをイメージさせる雪深い森の中で、こういう舞台設定も他ではあまり見たことがありません。と偉そうに言えるほど数多く見ている訳じゃないんですが、ともあれ、第一幕のような明るい南欧風景とは正反対の世界観が、このシーンの幻想性をよりいっそう高めています。
 もっとも、ロシアの観客にとってみれば濃厚なスペインの明るさこそがファンタジーで、幻覚シーンの厳しい冬景色の方がよりリアルなのかもしれません。だとすれば、この演出は一見単純なこのおとぎ話に、少しばかり複雑な構図を与えているのかも…まあ、セリフなど説明的要素が一切ないバレエ作品なんで、こういう解釈は思い切り外してるかもしれませんけど…。
 
 場面設定に関してもうひとつ。第三幕の結婚式の場面は第一幕と同じ街の広場にする演出も多い中、本公演では公爵のお城という設定。唐突感が否めないのは確かですけど、物語の首尾一貫というよりもその時々のダンスにもっともよく似合うシーンを合わせていくとこうなった、ていう感じかな。ガラ・コンサートなどでも演じられることの多いラストのグラン・パ・ド・ドゥなんかは、やっぱり日常的な風景よりも華やかで豪華な背景の方がしっくり来ますしねえ。
私はプティパとゴールスキーの完璧な振付と演出には修正も作り直しも必要ないという確信に基づいて、このバレエを復活させた。<…>我々が最終的に目指したのは、プティパとゴールスキーの精神に忠実であることなのだ。(同上)
 物語としてのわかりやすさを取るか、バレエとしての雰囲気を重視するか。このへんは演出の意図次第なんでしょうけど、今回見たステージは隅々まで“ダンスを魅せる”ことに全力を注いでいる舞台だと思いました。上に引いたファジェーチェフの言葉をそのまま受けとるならば、まさにそれこそが<プティパとゴールスキーの精神>なのでしょう。
 
 * * *
 
 ボリショイ劇場といえば2013年、テレビの2時間サスペンスドラマばりのスキャンダラスな事件が記憶にあたらしいところですが、無事に来日を果たしてくれたのはなにより。メルセデス役のダンサーが登場まもなく転んでしまい、その後のソロも少し不安定な動きでヒヤリとしましたが、それ以外は次々と繰り出されるスペクタクルな名人芸に眼を奪われるばかり。笑える場面もそこかしこに散りばめられ、退屈している暇がありません。
 
 冒頭の繰り返しになりますが、もう一度。
 これぞエンターテインメント!
 

2014 11 24 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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