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放心状態・その2

 
「ゴホ、ゲホゴホ」
「ん? 風邪?」
「いやそうでもないんだけど…どうやら祭が終わって一気に疲れがゲホグォホ」
「なんだ、こないだからぼんやりしてると思ったら、放心状態というより疲労困憊だったワケね」
「うーん。先月ちょっとはしゃぎすぎたのかなあ」
「コドモか(笑)」
「るせー」
「で、今回はなに?」
「いやまあその、薬のんでるせいで今も頭がぼーっとしてるんだけど、ライブの合間に観て回った美術展のことも少しは書き残しておかなくちゃと思って。まあリハビリみたいなもんだな」
「で、今回もこういう会話文スタイルでいくのね」
「何も考えずに、お気楽に書けるからな」
「登場人物紹介とかないままなんだけど」
「どうせ脳内の創作キャラだしな。だいいち、ふたりとも性別すら不明というか未設定だ」
「えーっ、そうだったんだ」
 
 * * *
 
「で、どこ行ってきたのさ」
「以下、実際に訪れた順番とは若干違うんだけど、まずは東京国立近代美術館」
「ああ、たしか片岡珠子展やってるんだよね。生誕110年記念の」
「いや、そっちは完全スルーで」
「へ?」
「常設展示室の一角で『大阪万博1970 デザインプロジェクト』(2015年03月20日〜05月17日)てのをやってたので、それ目当てに」
Expo_70
「そっちか! 大阪万博の資料展示ならわざわざ東京まで行かなくても、万博公園内に記念館があるじゃない」
「そうなんだけど、本展はどうも東近美のオリジナル企画らしいので。ひょっとすると、あとでこっちでもやるのかもしれないけどさ」
「ふうん」
「常設展示室のいちコーナーとはいえ、けっこうボリュームがあったし、読み応えのある図録もあって、楽しかったよ」
「“デザイン”という切り口で70年万博を振り返るという企画なんだね」
「シンボルマークのボツ案とかさ、ポスターのコンペ作品とかさ、あと福田繁雄デザインのピクトグラムの原画とかさ、こういうテーマでもなけりゃまず観られないだろうな」
「んで、ミュージアムショップでまたグッズを大量に買い込んで」
「いや大量というほどでも…あ、トートバッグは買ったな」
「それって大阪で売ってるモノでしょ。わざわざ向こうで買わんくても」
「まま、その場の勢いってヤツだな」
 
 
「で、他には」
「Bunkamuraザ・ミュージアムで『ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美』(2015年03月21日〜06月28日)、上野の国立西洋美術館で『よみがえるバロックの画家 グエルチーノ』(2015年03月03日〜05月31日)を観た。ルネサンス〜バロック絵画はやはりいいな」
「西洋美術館は常設展示もいいよね」
「や、常設の方はパスした。なにせ時間がなかったから大急ぎで」
「なんでそこまで切羽詰まりながら絵を観てるの(笑)」
「まあ単なる貧乏性、…なんだろうなあ。でもさ、これでもひとつ断念してんだよ。目黒の東京都庭園美術館で開催中の『マスク』展(2015年04月25日〜06月30日)。駆け足ででも行っとこうかどうしようか、かなり迷った」
「コレだけのためにわざわざ行く気はしないけど、なにかのついでだったら観ておくか、っていう」
「まあそういうことなんだけどさ。でも<ついで>で行ってみたら想像以上に良くて、深い感銘を受けて帰ってくるっていうパターンも意外に多いからなあ、これまでの経験上」
Botti

「ボッティチェリはちょうどEテレの『日曜美術館』で特集あったよね」
「放送を見てから急いで会場に向かったんだけど、同じような人が多かったのかな、かなりごった返していて(笑)。でもまあ、テレビで取り上げられた絵のほとんどは来てなかったんだけどな」
「フィレンツェの当時の貨幣の展示とかもあって、ボッティチェリだけに特化した展覧会じゃなかったのね」
「近現代の作家じゃないしな。画家の生きた時代を同時に展覧する、って方向性はアリだと思う」
「一方、グエルチーノの方は時代背景とかは解説パネルだけで、ひたすら作品のみを見せていたじゃない」
「それはそれで絵に集中できるから嫌いじゃないけどな」
「なんだ、どっちでもいいのか(笑)」
Guercino
「グエルチーノってさ、大半が敬虔な宗教画なんだけど。後期のコーナーで女性像を集めたところがあって、そこだけ妙にエロティックでドキドキしたな。他がほとんど着衣の絵ばかりなのに、そこだけ半裸とか肌の露出が多くてさ」
「ふぅん」
「最晩年の作品〈隠修士聖パウルス(1652-55)〉に至っては顔はおじいちゃんなのにボディは若々しくて筋肉もついた、艶のある肌なの。もう自らの肉体の衰えを自覚していたからこそ、こういう絵になったのかなあとか思ったり」
「まあ、宗教画にしろ肖像画にしろ、ある種の理想を描くものだしね」
 
 
「えーと、あとはどこに行ったっけな。あ、エリオット・アーウィットの写真展だな」
Elliott
「ライカギャラリーの東京京都、2箇所で同時開催しているやつね。内容は違うの?」
「銀座の方は<NIPPON>(2015年04月17日〜07月19日)、祇園は<HANDS>(2015年04月04日〜07月05日)。どっちも良かったけど、昔の日本の風景がたくさん見られる分、銀座の方が面白かったかな。販売してる写真集も東京の方が充実していたし」
「ショップのギャラリーなんで、それほど大量な展示数でもなかったんでしょ?」
「うん、ともに10数点ていどかな。けどシチュエーションがいいというか。祇園ライカなんていわゆる“京町家”建築のいかにも外国人観光客が喜びそうな感じで、ああいう場所で観る写真展ってのもなかなかいいもんだな」
 
「で、東京から京都に戻ってきて」
「咳き込みつつ京都国立博物館『桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち』(2015年04月07日〜05月17日)に行ってきた」
Kanoh
「はた迷惑な奴だねえ。ちゃんとマスクしてた?」
「当たり前だろ。咳止め薬とかキツイの飲んでたせいか、あんまり中身は憶えてないけどな」
「や、だからなんでそこまで無理すんの。意味わかんない。まったくこれだからバカは」
「京博にとっては2007年の狩野永徳展、2013年の狩野山楽・山雪展につづく狩野派三部作の掉尾を飾る展覧会、という位置づけでいいのかな。さすがに前ふたつほどの派手さはなかったけれど、桃山時代から江戸初期の、日本美術がもっとも華やかだった時代の作品群は観ていて実に楽しかったな」
「もともとは室町幕府の御用絵師だったはずなのに、代々の朝廷のみならず織田家、豊臣家、そして徳川家と、時の権力者にずっとついて行ってるのが凄いよね、狩野派って」
「激動の戦国時代を見事に生き延びたというだけでも、まさに大企業経営者の鑑だよな」
「節目ごとに中興の祖というか、ひときわ抜きんでた才能が現れるのも、なんだかよくできたドラマみたいでかっこいいよね」
「最後の部屋に展示してあった、狩野探幽筆の二条城の襖絵。あのど迫力には度肝を抜かれたなあ。探幽このときまだ二十代半ばだぜ」
「それにしてもこの時代の屏風や襖絵って、どれもこれも金箔ばっか使いすぎだよね」
「照明つってもせいぜいロウソクとかぼんぼりみたいなものしかなかったんだろうから、部屋を明るくするための実用的な意味もあったんじゃないの? よく知らんけどな」
「キンキラな襖に囲まれた部屋にいてもぜんぜん落ち着かないけどねえ」
「まあな。ああいうのは生活の場ではなくって政治とか外交とか、そういう目的の部屋に設えたものなんだろうな」
「そっかぁ、相手を威圧するとかそういう」
「うん。実用上の必要性があったんだと思うな。こういう展覧会場だと、部屋という本来の文脈から切り離されちゃうんで、そのへん見えにくくなるけどな。それと権力の視覚化ということで言えば洛中洛外図屏風とか、南蛮渡来図屏風とか、ああいうテーマの絵画も本来はとても高度な政治性を帯びているものであっdfjkl」
 
 * * *
 
「ん?フリーズしたの? んー、やっぱまだ調子おかしいよねえ。えーと再起動っと…」
 

2015 05 07 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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