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マグリットの<静謐>
マグリット展
東京展 2015年03月25日〜06月29日 国立新美術館
京都展 2015年07月11日〜10月12日 京都市美術館
ルネ・マグリット(1898〜1967)をこれだけまとめて観るのは、たぶん初めて。素朴でわかりやすいリアルな描写と、それでいて描かれている世界はどこか人を食ったようなとぼけた味わいで、いかにもシュルレアリスムらしい独特の味わいをもった作家だなあと思っていました。事前のそういった印象は、展覧会を観た後も大きくは変わってはいないんですが、絵を観ているあいだ感じていたことなどを、以下メモ代わりにつらつらと。
* * *
生活のために商業デザイナーとして働いていた時期があったというのが意外でもあり、言われてみればなるほどイラストレーション的だなと納得できるところでもあり。1920年代後半、いわゆるアール・デコの時代にマグリットが手がけたポスターや楽譜の表紙デザインなどが数点展示されていましたが、時代の趣味に則ったたいへん美しいもので、特に微妙な色遣いが印象的でした。ごく初期の油彩画からすでにそうなんですけど、マグリットの配色のセンスはうっとりするほどで(たとえば1924年作の《心臓の代わりに薔薇を持つ女》、背後のカーテンから漏れる光を受けて輝くように描かれる髪の毛やピンクの肌色の詩的なことといったら!)、こういうセンスってやっぱ持って生まれたモノなんでしょうかねえ。
初期の作品を眺めていてとくに感じたことは、作品の舞台というか背景の設定に<閉じた世界>が多めかな、と。単に室内空間の描写というよりも、どちらかといえば心理的な閉塞感のあらわれみたいなものを感じました。舞台の書き割りぽくもあり、若き画家が自分の内面へ内面へと向かっている様子が伺えます。後期というか、晩年になるにつれもう少し広がりのある風景が描かれるんですが、それも荒涼とした風景がほとんどなんですね。マグリットって、もしかすると人が大嫌いな性分だったんでしょうか。
作品の多くは時が止まった静謐な世界で、たとえば海が描かれていても静かな凪だし、夜空に浮かぶ三日月もいつまでもそこに留まっていそうな感じがします。そんな中で、わたしが特に好きなのは《光の帝国 Ⅱ》(1950)。昼の青空と街路の夜景が組み合わさった不思議な光景で、この絵からはゆっくりとした時間の流れのようなものが感じられました。カタログの解説によれば<マグリットの最も成功した作品のひとつ>で、<同題のヴァリアントは、1949年から晩年まで、油彩画17点、グワッシュ10点が知られている>のだそう。たぶん作者本人もお気に入りのテーマだったろうし、注文が多かったということもあったんでしょう。確かに、いつまでも眺めていたくなる一枚でした。
後期の作品は画集などで見たことのあるものも多く、わりと気楽に眺めていたんですが、途中でふと諸星大二郎の漫画作品を連想したりもしました。たとえば巨大な岩が空中に浮いている《ピレネーの城》(1959)や《現実の感覚》(1963)、あるいは壁画の下絵として展示されていた《無知な妖精》(1956-57)あたりで描かれた風景は、個人的に諸星漫画のなかでも五指に入るくらいに好きな《遠い国から》シリーズ(1978-1998)の風景世界とぴったり重なります。諸星漫画はシュルレアリスムとも親和力が高いんですけど、そういや直接言及していることってあったっけな。
諸星 まあ、いろいろ観てますよ。昔はボッシュとかダリとか、その方面は好きでしたね。最近はポール・デルヴォーとか。“ちょっと外れた方向”っていう言い方はいいなあ。
——ああ、デルヴォーの女性像なんかは、諸星さんの描く女性の妖しさにつながる気がします。やはり、いわゆるシュールレアリスム系の作家がお好きですか。
諸星 そうですね。ルネ・マグリットあたりの、ちょっと外れた方向行った人のもいいですね。(諸星大二郎二万字ロングインタビュー「現代の神話」を語り続けて インタビュアー;南信長/文藝別冊『総特集 諸星大二郎』所収、2011)
バスター・キートンみたいな笑わぬユーモア、て言えばいいのかな、マグリットの作品って真面目な顔をしつつ人を食った冗談をやってるみたいなところがあって、そのあたりが面白いと思うんですね。リンゴの葉の一方が馬になっていて、片側の葉とあわせてペガサスをイメージさせたり(《選集》(1950))、傘の上に水の入ったコップを置いてみたり(《ヘーゲルの休日》(1958))。いや、真面目に考察するといろいろ哲学的で小難しい解釈もできるんでしょうけど、単に視覚的・即物的なギャグだとみることもできます。
山高帽にコート姿の無数の男達が街中に浮かぶ《ゴルコンダ》(1953)のようなすばらしく鮮烈なイメージ、同じく三人の山高帽の男達がそれぞれ頭上に三日月を頂いている《傑作あるいは地平線の神秘》(1955)の豊かな詩情、あるいは森の中を馬に乗った女性が見え隠れする《白紙委任状》(1965/66)のゆったりとしただまし絵など、どの作品もひと目見て意図がわかりやすいのもいいですね。
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作品世界にたっぷりと浸って外に出たら、物販コーナーにものすごい人だかり。実は京都市美術館では同時期にルーブル美術館展もやっていて、両方の客が入り乱れてここの人口密度がえらいことになってました。わたしはたいてい図録以外には興味がないので(というか最近の展覧会ってアホみたいに関連グッズ出し過ぎでしょ)、今回もざっと全体を眺めただけですぐに逃げてしまいましたが、ルーブルコーナーの販売スタッフに比べてマグリット展の方は黒Tと山高帽で揃えていて、なかなかシャレオツでしたな。
2015 07 19 [design conscious] | permalink
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