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“古き善き”ミュージカル! 《TOP HAT》

 
Tophat
●ミュージカル トップ・ハット
 東京公演 2015年09月30日〜10月12日 東急シアターオーブ
 大阪公演 2015年10月16日〜10月25日 梅田芸術劇場 メインホール
 
 フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの大ヒット作《TOP HAT》の舞台化ということで、期待半分、不安半分でチケットを取りました。
 
 映画の公開は1935年というからもう80年も昔の作品です。RKOのアステア=ロジャース映画は一世を風靡したとはいえ、お話しはいずれも似たような他愛のないストーリー(これは公開当時から言われてました)だし、映画の最大の魅力はやはりアステアとロジャースというふたりのダンスだったわけで、それがどう再現されるのか。古いミュージカル映画の再舞台化は珍しくないものの、ことアステア映画となるとそのハードルはうんと高くなります。
 ヒット・ナンバーはそのままに、時代を現代にするなど思い切った改変だってありうるし、むしろその方がやりやすいかもしれません。しかし、今回のステージはオリジナルどおりに、時代設定も1935年のまま。舞台装置の室内インテリアや衣装も往年のアール・デコの時代を彷彿とさせるし、原作ではわずか5曲だった音楽を三倍近くに増やしてはいるけど全て原作曲者であるアーヴィング・バーリンの楽曲を使うなど、細部へのこだわりはなかなかのもの。今回の日本公演は、楽団の生演奏つきというのも贅沢です。
 ミュージカル版《トップ・ハット》は2011年、ロンドンで初上演。ブロードウェイではなくウエスト・エンドが手がけたというのは興味深いですが、冒頭の社交クラブのシークエンスなんかはイギリスならではの嫌味が効いていてニヤニヤさせられました。
 
 長いオーバーチュアのあと、幕が開くといきなり当代一の人気ダンサー、ジェリー・トラヴァース(アラン・バーキット)がニューヨークで公演中、という設定で〈Puttin' On the Ritz〉が始まります。これはアステア・ナンバーでもRKO時代ではなく、ビング・クロスビーと共演した《ブルー・スカイ Blue Skies》(1946年)からのヒット曲。映画では合成技術で8人のミニ・アステアと踊っていたトリッキーな一曲ですが、まずここで観客を華やかなショウ・ビズの世界に引き込もう、というわけですね。衣装もダンスもひときわきらびやかなオープニングでした。
 このあとロンドンのクラブでのドタバタをはさんで宿へ。名曲〈No Strings (I'm Fancy Free)〉からジェリーのソロ・タップへ、そしてその音が階下のデイル・トレモント嬢(クライヴ・ヘイワード)の安眠を妨げるという流れはオリジナル通りです。ただしジェリーのソロに《恋愛準決勝戦 Royal Wedding》(1951年)での名シーン、帽子掛けとのデュエットが出てきたのは嬉しいサプライズでした。ほほー、そういうアレンジをしてきますか(追記;このあと歌われる〈I'm Putting All My Eggs In One Basket〉と後半に登場する〈Let's Face the Music and Dance〉は翌36年公開の《艦隊を追って Follow the Fleet》のもの)。
 ジェリー役のアラン・バーキットは、声が若干ワイルドで、冒頭こそ少し違和感を感じたもののすぐに慣れ、むしろ歌いながらあれだけのダンスをこなすなんて…! と終始感嘆させられっぱなし。後半のハイライトである〈Cheek to Cheek〉では節回しをかなりアステア風に似せるなどオリジンへの敬意もそこかしこに感じられ、観ていてたいへん気持ちがいい。
 オリジナル以上にハマっていたのは脇を固める出演者たちで、たとえば頑固な老執事のベイツ(ジョン・コンロイ)なんかは、映画版よりも今回観た舞台版の方がはるかにイメージ通りだし、マヌケでお人好しな興行主ホレス・ハードウイック(クライヴ・ヘイワード)としっかりものの妻マッジ(ショーナ・リンゼイ)も好演。後半ラスト近くで映画版にはないふたりのデュエット(〈Outside of That, I Love You〉)が挿入されるんですが、これがまたしみじみと良いんですね。いかにもアーヴィング・バーリンっぽいオールド・ファッションなメロディラインなんですが、このナンバーはどうもハリウッド・ミュージカル由来ではなさそう。ブロードウェイかなにかに使われていた曲なのかな(追記:ざっと調べてみたところ、1940年のブロードウェイ・ミュージカル《Louisiana Purchase》のために作曲されたもの。このミュージカルは翌年ボブ・ホープ主演で映画化されたけど、その際にはカットされています)。今回の舞台化にあたって追加した曲目についてはバーリンの遺族に全面的に協力してもらったそうなんですが、このナンバーなんかはまさにそのたまものなんでしょう。
 恋敵であるイタリア人ファッションデザイナー、アルベルト・ベッディーニ(セバスチャン・トルキア)も映画版以上の濃い芝居で、下品になる一歩手前までやっちゃってますが、まあこれくらいコッテコテの方がメリハリが効いていていいんでしょうか。その他、名前が出ないホテルの従業員役の方々もそれぞれひと癖もふた癖もある芝居があって、客席も盛大に沸いておりました。
 
 あえて——ほとんど言いがかりに近いですが——不満があるとすれば、デイル嬢役を演じたクライヴ・ヘイワードで、要するに「上手すぎる」。特に歌が顕著で、まわりがけっこう昔のミュージカルぽさを再現しようとしている中、このひとの歌唱だけは現代ミュージカル風で…いやまあ特に気に障るというほどではなかったんですけども。ダンス・ナンバーの方はどれも軽快で楽しかったし。
 まあ、ジンジャー・ロジャースを再現するのはアステア以上に難問です。なにしろジンジャーさんは歌も踊りもけして「本職」ではなかったんだし、それでいてアステアと組んだときだけ信じられないほどの輝きを見せたんだし。こればかりは誰もかないますまい。
 
 
 だから忠実な再現というより、あくまでもその精神の継承、という方がいいのでしょう。たとえばタイトル・ナンバーの〈Top Hat, White Ties and Tails〉ではかの有名なマシンガン・ショットを演るとばかり思っていたんですがそこはばっさりと別の振付に差し替えられていました。あれはあれで<恋のライバルを倒してゆく>という颯爽とした感じがあって良いんですが、舞台版のように華やかさを強調した演出も素敵でした。なにより第一部のラストを飾る演目だし、こちらの方がハッピーな気分のまま休憩に入られますよね。
 とはいえストーリーの<他愛のなさ>というか荒唐無稽さはオリジナル版のまま、というのもまあ思い切ったところなんですが、だからこそコメディになってるってことも言えるかと。アルベルトに関してはまだ舞台版の方がわずかに救いがあったような、いやそうでもないかな、でもオリジナル版のエンディングはこっ酷いばっさり具合だったしなあ。
 
 前半はロンドン、後半はベニスが舞台で、映画では難しくはないけど舞台で再現するとなるとどう考えても無理、というシーンも多い原作ですが、そこもなるべくオリジナルの気分を壊さないよう苦心していたのも微笑ましかった、馬車に乗るところなんかは映画版でもいかにも背景合成してます、っていう無理矢理なカットなんですが、飛行機のカットあたりも含めてそのへんは舞台ならではの演出でうまく処理してました。
 
 * * *
 
 80年も前の作品を21世紀のいま再演するからには、何かしらの現代的な意味付けとかなんとか小難しい理屈を付けたがるものですが、この舞台は「そーゆーのはいいから、とにかく楽しんでって!」とエンタテインメントに徹しているのがたいへん心地良かった。わたしもここまでオリジナル版と比較してあれこれ書いてますが、そういうアラ探しこそみっともない野暮の極み。
 心躍るダンスと歌の、一夜の幻のようなステージが生演奏付きで観られた。そのワクワク感は帰宅した今もまだ頭の中で爆発しているし、それ以外に何も要らないんです。That's Entertainment! 今夜はいい夢が見られそうです。
 

2015 10 18 [dance around] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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