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ビアズリー!

 
20160211
●ビアズリーと日本
 栃木展 2015年12月06日〜2016年01月31日 宇都宮美術館
 滋賀展 2016年02月06日〜03月27日 滋賀県立近代美術館
 新潟展 2016年04月29日〜06月26日 新潟県立万代島美術館
 石川展 2016年07月23日~08月28日 石川県立美術館
 
 この展覧会は、前半で夭折の天才画家 Aubrey Beardsley オーブリー・ビアズリーの生涯を丁寧に辿り、後半は彼が後世に与えた影響を(主に日本の作家で)検証するという2段構えの構成になっています。
 ビアズリー(1872〜1898)は結核のため25歳でこの世を去っていて、イラストレイターとして活躍していた時期はわずか5〜6年ほど。なので遺された作品が膨大にあるわけではありません。壁画のような大きな作品を作っていたわけでもない。なので、代表作をほとんど集めてもスペース的にはそれなりにコンパクトに収まります(エロティックすぎて一般向けに公開されにくい作品もありますし)。けれども一枚一枚の濃密さはとんでもないから、ひとつをじっくり眺めているだけでもかなりの時間を要します。結局、館内に滞在していた時間は他の展覧会以上だったような。
 
 ビアズリーと言えば、上の写真の看板に使われているオスカー・ワイルド『サロメ』の挿画なんかは特に有名ですよね。『サロメ』は彼の出世作でもあり、わたしも学生時代から画集などで何度も目にしていたし、その繊細極まる描線にとことんノックアウトされたクチでもあります。一体どうやったらこんな線が描けるのか、目を皿のようにしてディテールを追ったものでした。
 今回の企画展は、単にそんなビアズリーの画業を紹介するだけにとどまらないのが良いんですね。もちろん前半のビアズリー回顧展も面白かったんですが(特にごく初期の戯画とかは初めて見た)、後半、ビアズリーが日本に紹介されて以降かれに多大な影響を受けたイラストレイター/グラフィック・デザイナーが次々に登場するのが圧巻でした。挿絵画家というと美術家としてはちょっとランクが落ちるみたいな偏ったイメージが根強いのか、こういう機会でもなければなかなか紹介されないジャンルでもあるので、そういう意味でもこれは貴重な展覧会と言えます。
 
Aubrey_beardsley_ca_1895 展覧会のいちばん最初に展示されているのは1894年に撮影されたビアズリーの肖像写真。2点あり、いずれも左からみた横顔を撮っています。1点は頬に手を寄せて物思いにふけっている風であり、もう一点はまっすぐ前を見ている。あ、これはロック・スターのポートレートだ、と真っ先に思いました(引用画像は英Wikipediaより拝借)。
 マッシュルーム・カットみたいな短い髪型は初期のビートルズぽくもありますが、目つきの鋭さなんかはうんと若い頃のデヴィッド・ボウイあたりを彷彿とさせる、革新的なロック・スターのそれでしょう。そうか、ビアズリーってグラム・ロックだったのか。なるほど、鮮烈なデビュー、スキャンダラスな性的イメージ、時代を全速力で疾走しあっけなく散った短い命、にもかかわらず後世への影響が絶大…などなど、ロックとの相似性をこじつけようと思えばいくらでもできそうです(ていうかとっくになされているでしょうけど)。ともあれ、はじめて見たビアズリーの写真は、いかにも時代の最先端を走っていたんだろうなというイメージ通りの横顔でした。
 
 
 
 『アーサー王の死』『サロメ』『イエロー・ブック』『サヴォイ』…。名作が怒濤のように続き、高揚した気分のまま後半へ。舞台は日本、ビアズリー輸入後の日本の美術界の一端が紹介されます。
 ここで取り上げられている日本人作家は永瀬義郎、山六郎、高畑華宵、陽咸二、竹中英太郎、谷中安規、水島爾保布、蕗谷虹児、茂田井武、田中恭吉、恩地孝四郎、藤森静雄、長谷川潔、橘小夢、武井武雄、橘文二、加藤良治、小林かいち、矢部季、そして山名文夫。見知った名前もいくつかありましたがほとんどは個人的にあまりよく知らなかった作家で、それらに出会えたのが今回のなによりの収穫でした。本国イギリスをはじめ欧米でのフォロワーについてもいくつか展示されてましたが、このあたりについては海野弘解説・監修の『世紀末の光と闇の魔術師 オーブリー・ビアズリー』(パイ・インターナショナル/2013年12月刊/ISBN978-4756-24417-8)に詳しい。ちなみに同書には現存する唯一の油彩画や、よりエロティックな作品も収録されており、また判型も展覧会図録より大きいので、ビアズリーだけを詳しく知りたいならこちらの方がおすすめです。
Beardsley
【写真上】
 ●展覧会図録 監修:河村錠一郎/表紙デザイン:斉藤紀久美
【写真下】
 ●世紀末の光と闇の魔術師 オーブリー・ビアズリー 
  アートディレクション:原条令子/デザイン:高松セリアサユリ(PIE Graphics)
 
 耽美で繊細、時に猟奇的と、展示作品はいずれもビアズレーからの強い影響をうかがわせるものばかりですが、精神性はともかくとしてあの極細の描線そのものを再現するのはなかなか難しい。山六郎(→画像検索)、山名文夫(画像検索)あたりはかなりの再現度だとは思いますが、直前に見ていたビアズリーの原画と比べるとやはり精度がいくぶんかは落ちます。
 これは、ひとつは技術的なことによるのかな。ビアズリーの代表的な作品は版画の一種である「ライン・ブロック」という技法が使われており、黒ベタのなか極細の白ラインが一本、という鮮やかな画面はこの技法ならではのもの。ライン・ブロックは写真製版の一種でネガフィルムを使って云々、という解説をどこかで読んだことがありますが、つまりは当時の最新技術といっていいのでしょう。ペンや筆、墨などの手描きでは再現できないのは当然とも言えます。
 日本人作家の作品をざっと見たところ、木版やエッチングはあってもライン・ブロックを使った作例はなかったかと思います。ひょっとすると技法自体がまだ輸入されておらず、誰も知らなかったのか。一見するとペンでなんとか再現できそうにも思いますしね。
 
 ビアズリーは、当時ヨーロッパで流行していたジャポニスムの影響を大いに受けていたと指摘されています。本展には北斎漫画などの浮世絵や美術工芸品、植物をモチーフにした柄の型紙などが合わせて展示されていて、あの繊細で密度の高い描線のルーツのひとつに日本美術があったことがよく分かるようになっています。
 ビアズリーの作品が日本でも受け入れられたのは、だからある種の「里帰り」とも言えるでしょう。しかしながら、あの繊細なラインはオリジンよりもはるかに高度にブラッシュアップされていたというのが面白い。かつて日本人は欧米の工業製品をことごとく真似たけど、オリジナルよりも高精度に仕上げて世界を驚かせた…などという「神話」がありましたが、ビアズリーはちょうどその逆のパターンをやってのけていたのかもしれません。
 

2016 02 14 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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