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ベストオブ又兵衛

 
Matabee
● 福井移住400年記念 岩佐又兵衛展
 2016年07月22日〜08月28日 福井県立美術館
 
 いやあ、凄いものを観た。なにしろ、あの岩佐又兵衛をこれだけまとめて観たのは生まれて初めてなのだ。ということもあって、最初から最後まで興奮しっぱなしだった。

 本展は“ザ・ベスト・オブ・又兵衛”あるいは“又兵衛グレーテスト・ヒッツ”とでも言おうか。これまで市販の画集でしか見たことがなかった有名どころの作品がほとんど集まっていて、たいへん見応えのある展覧会だった。旧金谷屏風、山中常磐物語絵巻、小栗判官絵巻、上瑠璃物語絵巻、そしてもちろん舟木本洛中洛外図屏風…。展示期間の関係で豊国祭礼図屏風に会えなかったのだけがただひとつ心残りではあるけれども、岩佐又兵衛の代表作はほぼ網羅されていたんじゃなかろうか。わたしが訪れたときは比較的人が少なめだったので、各作品にゆっくりじっくり対面することができたのも嬉しい。美術館側のサービスで、一部の部屋で単眼鏡を貸し出していて、おかげで屏風絵の細かなところを隅々まで観察、堪能できたのもありがたかった。
 
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 戦国武将・荒木村重が織田信長に対し謀反を企てたことから、荒木家は一族郎党まとめて処刑される。そのとき、母に匿われてなんとか生き残ったのが少年又兵衛で、成長した彼は荒木ではなく母方の姓「岩佐」を名乗るようになる――又兵衛の生い立ちとしてよく知られているストーリーだが、村重は父ではなく祖父であるという説や、あるいは系譜のなかに岩佐姓が見つかっていないなど、まだまだ謎が多いらしい。由緒正しい狩野家あたりならともかく、一匹狼的な存在だったろう岩佐又兵衛について、出自が不明だらけなのはまあ当然でもある。むしろ、多くの謎に包まれているからこそ魅力が増しているとも言えるかもしれない。
 ただし、豊臣政権下の京の都で画家として頭角をあらわし、桃山時代の終わりとともに越前に移住、ここで生涯の代表作を次々に描き、晩年に江戸に呼ばれ彼の地で亡くなった、というアウトラインは確かなものらしい。福井県立美術館が又兵衛を取り上げるのは、だからいわば「里帰り」でもあるのだ。いずれは京都・福井・東京の三都府県で大々的な巡回展なんかも企画してくれたら…と願わずにはいられない。
 もっとも、彼の没年は1650年だ。おそらく<没後四〇〇年記念展>が開かれるだろうその年までは、あたしゃ生きてるかどうか分かりませんなあ。
 
 
 岩佐又兵衛の大きな特徴は、なんと言ってもその主題だろう。ごく少数の例外を除いて、彼は人物画ばかりを手がけている。人物よりも動物画や植物画を得意とした伊藤若冲や、乞われるままにどんな注文でも受けていた曾我簫白などとはそのあたりが違う(もっとも、両者とは生きていた時代もまったく異なる。又兵衛が生きた時代は人の生き死にが激しい動乱の季節だった)。けして器用な画家ではなかったと思うが、その分、自分の強みを知っていた人でもあったのだろう。
 それだけに、なにより群像の表現が見事だ。たとえば舟木本。画面に登場する人物たちは必ず2〜3人以上の複数人がワンセットとなり、それぞれの関係性をうかがわせるような描き方がされている。ここには膨大な人物が描き込まれているけれども、いわゆる「モブ」というか「その他大勢の群衆」というのはいなくて、どのシーンのどの人物もちゃんとキャラクターとして存在感を感じさせる。それぞれがドラマを演じているから、各人にセリフを当て振りしたくなる。ずっと眺めていてまったく飽きさせないのは、ポーズと表情だけでなんらかの物語をつい想像してしまう、その演出力によるところが大きいのだろう。もちろんその根本には、岩佐又兵衛の人間観察力、好奇心の並外れた高さがあるはずだ。
 凄惨な血しぶきも生々しい『山中常磐』では、殺害される常盤御前のみならず盗賊たち六人がそれぞれとても個性的でユーモラスでありさえしたし、かと思えば『上瑠璃』では人物以上に存在感を主張する室内調度の絢爛豪華な細密描写に圧倒させられた。『旧金谷屏風』での龍虎のとぼけた表情は忘れがたい印象を残すし、酒宴の席でほとんど即興で描かれたという『人麿・貫之図』の飄々とした筆遣いにはうっとりさせられっぱなしだ。…ええと、さっきからずっと絶賛しかしていないんですけど、まあそのう、それくらい各作品に夢中で見惚れていたということで。
 
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 会場には、山田芳裕『へうげもの』より第241話(単行本22巻所収/講談社刊)まるまる一話分の原画も展示されている。又兵衛が俵屋宗達の絵に強い衝撃を受け、京を出ようとする回で、同作の愛読者としてはこちらも楽しめた。図録にも言及されているが、岩佐又兵衛が重要な役割を果たすフィクション作品として『へうげもの』は空前であり、ひょっとすると絶後かもしれない。
 近年の伊藤若冲ブームに代表されるような中世〜近世の日本絵画への関心の高まりは、おそらく美術史上でも歴史的なトピックになると思われる。この勢いに乗じて、さらに多くの画家が紹介されればいいな。
 

2016 08 14 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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