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ジャン=ジャック・サンペ賛 みたび
2022年8月、90歳を目前にしてサンペが亡くなりました。個人的には好きな漫画家の5本の指に、いやベスト3の中に入る方であり、長いあいだいくつもの作品集を通じて楽しませていただいたことにただただ感謝です。
わたしはサンペのことを一貫して「漫画家」だと認識しているんですが、今となっては「イラストレーター」の方が通りが良いんでしょうか。まあどちらでもいいんですが、ルネ・ゴシニと組んだ「プチ・ニコラ(わんぱくニコラって題名の方がなじみ深いですが)」シリーズでの挿絵が一般的にはよく知られていたので、「今となっては」どころか昔からずっとイラストレーター扱いだったのかなぁとも思ったり。
ともあれ、その「プチ・ニコラ」が映画になってる! というのをわたしが知ったのはつい先日のこと。地元の映画館の上映案内をたまたま目にしたときに見つけて、飛び上がりました。すぐに席を予約して、公式サイトのトレーラーなどにもいっさい触れないまま大急ぎで映画を観てきました。……はぁ~…良かったぁ…(しみじみ)。
「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」パンフレット
原題:Le Petit Nicolas - Qu'est-ce qu'on attend pour être heureux ?
2022年フランス映画/アマンディーヌ・フルドン、バンジャマン・マスブル監督/86分
※2022年カンヌ映画祭正式出品/2022年アヌシー国際アニメーション映画祭クリスタル賞(最高賞)受賞など多数
※写真左は2005年に米PHAIDON社から出版された英訳/クロス張りハードカヴァー装丁の「プチ・ニコラ」豪華版。映画に取り上げられたエピソードも含まれています。
事前情報をまったく仕入れなかったとはいえ、原作者であるゴシニとサンペが映画にも登場するということはかろうじて分かっていたので、てっきりそのパートは往年の古き佳きパリを再現した実写ドラマで、ニコラと悪友たちが飛び跳ねるパートだけがアニメーションになってるのだろうと踏んでいたのですが、最初から最後まで全編アニメーションだったのには驚きました。でもそれが実に楽しく美しく、ちっちゃなニコラがゴシニやサンペと対話するシーンもあったりして、なるほどこれはアニメーションならではの構成であり演出だなあと感心しきり。
なにより、あのサンペの絵がそのまま滑らかに動くことのよろこびといったら!
クレジットには「グラフィック・クリエイター」という肩書きでサンペ自身の名前が入っています。パンフレットに掲載の監督インタビューによれば
というわけで、ジャン=ジャック・サンペに私たちのドローイングを見せて承認してもらうことが重要になりました。彼はかなりの高齢でしたが、当初のアニメーション・テストに参加することは可能でしたので、私たちは映画製作の過程で定期的に私たちの作品を提出していったのです。このことは、彼のオリジナルを私たちが複製したものや私たち独自の表現に対して署名をもらったり、コメントをもらったりなど、微笑ましくもあり、また感動的な瞬間に繋がることになりました。(p.19)
とあり、サンペみずからが原画の監修をしていたことが明言されています。
「プチ・ニコラ」シリーズは1955年から約10年間雑誌に連載されていたもので、サンペの画風としては比較的初期にあたるもの。この頃のシンプルなタッチでもじゅうぶん可愛いのですが、この映画ではもっと後年の、「The NEW YORKER」誌の表紙絵に代表されるような、豊潤で透明感あふれる水彩画を盛んに描いていた頃のサンペの絵がどんどん登場するので、文字通り「一瞬たりとも」目が離せませんでした(その表紙絵のポスターが、ゴシニの訃報を聞いて落ち込むサンペのアトリエの一隅に掛かってるシーンがあります。…が、サンペが同誌に描き始めるのはゴシニ没後以降のことなので、厳密に言えば時系列としてはヘンなんですが)。モブ・シーンのキャラももちろんサンペのタッチそのままだから、1カット1カットぜんぶ絵を止めて隅々まで眺めていたい。もう今からブルーレイ・ディスクの発売が待ち遠しくてなりません。
映画は「プチ・ニコラ」シリーズの中からいくつかのエピソードを取り上げ、そのあいだにゴシニやサンペ自身が登場します。ふたりでディスカッションしながら物語の骨格や登場人物たちを造りあげていったり、あるいはニコラとの対話というかたちで作家たちの悲しくつらい思い出を語ったりする凝った構成で、創作秘話やメイキングものとしての側面のみならず作家の伝記ものという側面もあり、いずれもとても興味深いものでした。
* * *
冒頭に掲げた写真はわたしのコレクションから。ここには写っていませんが他にも新書サイズのペーパーバック本やポストカードのセットなどサンペ関連はいくつも持っていて、折りに触れ手に取って眺めています。
映画の最後で、サンペの作品集は50冊ほど出た、という意味のテロップが流れていたかと記憶しています。再編集版などもあるだろうから正確なところはわかりませんが、上の写真でだいたいその半分くらいになるのかな。いずれにせよ膨大な仕事量であることには間違いがなく、20世紀を代表する作家のひとりとして、この先も広く長く読み継がれていくことでしょう。
あらためて、深い感謝とともにご冥福を。
サンペさん、あなたの作品に出会えて本当に幸せでした。
ジャン=ジャック・サンペ賛(2004年7月25日記)ジャン=ジャック・サンペ賛ふたたび(2014年3月1日記)
2023 06 18 [design consciousbooklearning] | permalink
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