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"THE LAST FLOWER"S
【写真左】
そして、一輪の花のほかは…
ジェイムズ・サーバー作/高木誠一郎訳/篠崎書林刊/1983年5月第1刷
【右】
世界で最後の花 絵のついた寓話
ジェームズ・サーバー/村上春樹訳/ポプラ社刊/2023年6月初版
ISBN978-4-591-1780-2
この古典的名著の日本語版が出版されるのは、わたしが知る限り40年ぶりということになります。このブログでも2005年1月に触れていますが、当時すでに日本語版、原書ともに絶版となっていて、読みたかったら古書店か図書館を探すしかなかったはずです。
原書が出版されたのは1939年、つまり第二次世界大戦が始まった年。左の日本語版が世に出た前年である1982年には、アルゼンチン軍がフォークランド諸島の領有権を巡ってイギリスと争った「フォークランド紛争」がビッグニュースになり、右の村上訳の2年前にはロシアのウクライナ侵攻により世界が震撼、この記事を書いている2023年6月現在でも先がまったく見えない状況が続いています(ちなみにわたしがブログで取り上げた前年には陸上自衛隊がイラクへ派遣されていて、戦闘地域への初の派遣で国内世論が二分しました)。
…などなど、本書を巡ってはつねに「戦争の影」がついて回るんですが、考えてみれば文明が興ってこの方、常に地球上のどこかで紛争や内乱が続いているのであって、軍隊による攻撃や爆撃が行われなかった年などなかったのでしょう。人類はいつでも/どこでも誰かと争っている状態こそが「常態」なのかもしれません。その意味で、本書は永遠に古びない、まさに「古典」と呼ぶしかない一冊であると言えそうです。
* * *
40年前の日本語版と2023年版を比べるといくつか違いが観察できます。1983年版は真っ赤な表紙や各ページにグレーの太い枠がついているなど、おそらく米国オリジナル版を踏襲しています。翻訳文も「村も町も都市も地球から消えた/林も森もみな破壊された」とハードな文体。対して2023年版は「町も、都市も、村も、地上からそっくり消えてしまいました。/森も林も全滅しました。」とやさしい口調になっています。ぜんたいに23年版の方がより親しみやすい文章になっていると言えそうです。加えて、83年版の日本語書体には淡古印が使われていて、現在の目で見るとこれがちょっと怖いんですよね…。ただし、この書体にホラー的雰囲気を与えたのは1987年以降のこと、という考察もあって、83年の出版当初とはまったく異なった印象をもつようになってしまった例と言えそうですが…。
書体の話はともかく、83年版が23年版と比べて優れているのは、「原文が掲載されている」この一点に尽きます。
どのページも平易な短文で書かれているので、その気になれば誰でも訳せそうですし、ふたつの翻訳を原文と見比べて差異を楽しむこともできます(上の例でいえば「村」「町」「都市」「林」「森」の並べ順などもそのひとつです)。
そういう目で見ると両者の翻訳はどちらも良いところとそうでもないところがあるんですが、中でもわたしがいちばん気になったのがこのページ。
83年の高木訳は「民族解放者」、23年村上訳が「弁舌家」となっていますが、原文は「Liberators」。辞書を引くと「(監禁や束縛から)解放する人」とあるので、ここは高木訳の方がより近い気がします。ただ、ここに付けられた絵は大勢の聴衆を従えてなにやら声高に議論しているふたりの人物なので、村上訳では「弁舌家」となったのでしょうか。わたしならここは「煽動者」とでもするかもしれません。ともあれ、こういうことに思いが至るのも原文が掲載されているからですね。
2023 06 25 [booklearning] | permalink
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