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京都でスタインバーグ展!

 2023年というのは、ひょっとして何かの特異点なんだろうか。まさかジャン・ジャック=サンペの映画(感想はこちら)を劇場で観られるとは夢にも思わなかったし、さらにはソール・スタインバーグの個展までもが京都で観られるようになるとは、こちらも思いも寄らない極私的大事件です。もっとも、スタインバーグ展は2021年12月から22年3月にかけて東京で開催されていたものの巡回なんだそうですが、当時はまん延防止等重点措置の実施など思うように外出ができなかった時期でもあり、実はやっていたことすら知らなかったんですね。なんにせよ、このたび京都に来てくれて感謝、感謝です。

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SAUL STEINBERG Lines that Transform the Real World
ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み
2023年08月09日~10月15日
京都dddギャラリー
主催:公益財団法人DNP文化振興財団
監修・展示構成・評論:矢萩喜從郎
展覧会情報ページ(別ウインドウで開きます)

 わたしがワシントンD.C.にあるスミソニアン・アメリカン・アート・ミュージアムでスタインバーグの回顧展(SAUL STEINBERG/ILLUMINATIONS;2006-2008)を観たのはもう15年以上も前のことですが、暗く広い会場内をほぼ独占に近い状態でゆっくり見て回った記憶がまざまざと蘇ってきました。京都展の会場となった京都dddギャラリーは、以前の太秦天神川から四条烏丸に移転してかなりコンパクトになってしまい、残念ながらそのぶん詰め込み過ぎとなってしまった感は拭いきれません。また、展示品は原画ではなく、すべて複製品(一部はエッチングやリトグラフなど版画作品)となっています。スタインバーグの手わざを直接感じ取れる展示品は紙袋に顔を描いた作品ひとつだけだったかな。そのへんもちょっと物足りなく感じましたが、それでもスタインバーグの作品群に取り囲まれている状態がなかなか得られない機会であることには違いなく、ひとり静かに興奮しておりました。

 1950年代から60年代の雑誌『The New Yorker』に掲載されていたドローイングがたくさんあったのが嬉しい。やっぱりこの頃のスタインバーグはわかりやすく面白いし、いまでもまったく古びていません。
 むかしこのブログでも書いていますが、この作家は根っこの所に「異邦人としての眼」を抱えていて――じっさいルーマニアからの移民です――アメリカ合衆国という社会やそこに暮らす人たちを常に俯瞰で眺めている、そういうまなざしが感じられます。しかもその視線はいつもあやふやで、作家自身を含めてその「存在」じたいをどこか信じきれていないような、あるいは寄って立つ基盤そのものをあらかじめ喪失しているかのような、そんな不確実なまなざし。
 そういう、揺らいだアイデンティティというか「あいまいな存在としての私」を描こうとすると、普通ならタッチもぼんやりとした曖昧なものになりがちなんでしょうけど、彼の場合とくに初期の作品群は、それをペンとインクの1本の線だけで明確・明瞭に表現していて、それがなんというか実に痛快、なんですよね。「くっきりとした線で刻まれた不確かな存在」というところにこの人ならではのアイロニーというか批評性が宿っているように思います。
 もう少し後の時代になると、ひとつの画面の中にタッチをいろいろ変えて描く家族のポートレートとか、自作のハンコを多用したりとか、またカラー着彩も加わって「存在の多様性」というテーマにより深みが増していくので、それはそれで面白くはあるんですが、個人的にはやはりペン1本で勝負していた時代の潔さがいちばん好みです。本展の副題「Lines that Transform the Real World」や、最初の作品集のタイトル「All in Line」(1945年)にあるように、「Line」こそがスタインバーグをスタインバーグたらしめている最大最高の武器なんだと思います。


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カタログデザイン:矢萩喜從郎
※カタログは東京展(2021年12月10日~2022年03月12日/ギンザ・グラフィック・ギャラリー)のものですが、一部展示内容が異なっています。
 上の写真は展覧会カタログと、会場で買ったB1ポスター。スミソニアンでポスターを買ったときは折らずに日本に持ち帰るのに苦心しましたが、今回も途中で別途フレームを買ったりしたので、帰路がなかなか大変でした。満員電車でなくて助かった…(^^;)

 

 もうひとつ。京都dddギャラリーでは、展覧会開催期間中のみの限定公開ですが、ウェブサイト上で展示作品をユニークなインターフェイスで紹介しています。

20230814-170438(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)
 こちらも楽しいつくりになっているので、興味のある方は、ぜひ。

【関連記事】
スタインバーグを語ろう(1)-2007年01月07日掲載
スタインバーグを語ろう(2)-2007年01月09日掲載
スミソニアン詣で-美術館(1)-2007年05月13日掲載

 

2023 08 14 [design conscious] | permalink このエントリーをはてなブックマークに追加

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